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  1. 日高山脈情報交流館(2)
  2. 酉谷山避難小屋ノート(292)
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図書館登山

 投稿者:埼玉のN  投稿日:2014年 7月 4日(金)21時20分22秒
  梅雨まっさかりで週末の天気の悪さにうんざり。そんな時は地元の図書館に行きましょう。
技術本・ガイド本・地域の歴史本。絶版の本に出合えます。
埼玉県在住なら埼玉県内図書館横断検索というサイトで埼玉県内の図書館にある蔵書が検索
できます。

今週末も天候不順で図書館登山になりそうです・・・。
 
 

功罪相半ば

 投稿者:老少年  投稿日:2014年 6月30日(月)22時23分43秒
編集済
  Watさん、
酉谷山避難小屋の一夜を、同宿者と和気あいあいの雰囲気で過ごすことができたようで何よりで
したね。

現在小屋の棚には取りたてて不必要な物が過度に置かれてはいないはずです。なにごとも功罪相
半ば一枚の銀マット、一枚の毛布に助かる人もいることでしょう。道迷いして小屋に2夜逗留し
た人のノートの書き込み&ブログを見ると、そのようなことが思い至ります。

ましてや酉谷山避難小屋は、「避難小屋」です。多少の物品が置かれていることは規則と現実の
はざまの出来事、要は程度問題ということもあるでしょう。そうでないと見方によっては、今
小屋に置かれているサンダルもハンガーも箒もチリ取りも雑巾も何もかもダメかというと、これ
らがあることによって、大いに助かっている反面もあります。

最近の酉谷山避難小屋の様子は、添付した以前の2年間に写した画像のものと大きくは変わりま
せん。きちんと整理して収めればこのような光景になりますので、現状でもすっきりしていると
思います。小屋で楽しく過ごせるよう、潤いが失われるようなことがないように、気付いたこと
をそれとなくやるのが粋ですね。
 

ホテイアツモリソウ

 投稿者:老少年  投稿日:2014年 6月30日(月)21時47分49秒
編集済
  掲示板のタイトル画像としたのは、自生地のホテイアツモリソウです。
この山には、その植生を保護するために様々な施策が執られていて、ホテイアツモリソウを始め
とする高山植物群がまるではるか以前からあるがままの姿で咲いていましたよと言わんばかりに
大らかに咲き乱れています。
この山に登るのは、ホテイアツモリソウを見ることを大目的としていましたから、それ以外の花
ばなにあまり目が行っていませんでしたが、いまこうして画像を見て振り返ると、ホテイアツモ
リソウの周囲には多くの花が咲いていたことが分かります。

このような風景があること自体が不思議ですが、もし別の世があるとすると、こんな場所なのか
もしれません。いかにも平和な風景ですが、その平和ないっときを得るためには、雨や嵐や厳寒
の季節をどうにか乗り越えなければならなかったのでしょう。そのような苦難を乗り越えた花ば
なたちは美し過ぎます。


 

いい方たちでした!

 投稿者:100wat  投稿日:2014年 6月29日(日)18時59分38秒
  老少年さん

 誤解があるといけません。小屋にいた方たちはものすごく紳士的ないい方たちでした。宴会といってもこちらが荷物を開けている7時半にはお開きで、8時前にはおやすみになり、その際、「夕飯もまだでしょうから私たちのことは気にせず、遠慮なくやってください」と、遅くついたこちらが恐縮するような言葉をかけてくださったくらいですから。あの方たちにまったく文句も何もありません。私は酉谷避難小屋で同宿者がいたのは初めての経験でしたが、むしろ「初めてだけど、いい方たちが同宿でよかったなあ」と思ったくらいですから。別に座卓や毛布を座布団代わりに使っていたことなど不愉快でもなんでもなく、ただ「こんなものがあったっけ」と驚いただけですから。残念ながら内部から入口付近を撮影した昔の写真は見当たりませんでしたが、たなの上はもっとすっきりしていた写真はありました。たなの上のものが増えているのは確かなようです。そうですか、あの座卓も鍋やフライパンも昔からあったのですか。不明にして私はまったく気づきませんでした。

 しかし、一杯水の半纏と布団はげせませんね。あれは私が記憶をいくらさかのぼってもなかったように思います。近くで見てもそれほど前に置かれたものではありません。一杯水に住み着いた強盗の話は有名ですが、その筋の方(といっても警察の方ですが)の話によると、消費者金融ローンの追い込みから逃れて避難小屋に住み着いてしまう人もときどきいるそうですが、あの半纏も布団も小屋の修繕等に当たる人がいちいち装備を持ちあがるのが面倒で置いてあるのでしょうか。私の知っている山仕事の方々はそんな柔な人たちはおりませんので、半纏、布団はミスマッチです。

 気味悪がる方がいると申し訳ないのでどことは具体的には記しませんが、借金取りから逃れるために一家で寝具まで担ぎ上げ、某避難小屋に住み着いたまでは良かったが、結局、食べるものもなくなり、近くの水場で一家全員死んでいた―という話も聞いたことがあります。今はログハウス風に新築された鷹ノ巣避難小屋も、建て替え前のブロック積み時代には気味の悪い話があったそうです。こちらは中学生の時、そのブロックを担ぎ上げるアルバイトをしていた麓の方に聞きました。建て替えられているので私は気にしませんが、以前の小屋で何があったか聞いたら、人によっては一人で泊まる気にはならないでしょう。林業従事者にせよ山関係の工事関係者にせよ、私が知っている方々はそんな柔な人たちではありませんのでピンときませんが。

 さて、話は変わりますが、ブーツの手入れです。雨天山行時の身支度、足ごしらえを記した一文を読んでも老少年さんが「ずぼら」だとはとても思えません。オイルドヌバック化のメリットはメリットとし(なにせSIRIOは、老少年さんが多分ご愛用のFシリーズをわざわざオイルドヌバック加工し商品化して販売しているくらいですから)、今回はデメリットを少々。

 第一に、オイル加工自体はもちろんですが、帰ってからのメンテもそれなりに手間暇がかかります。山行から帰ってくると写真上のような有様になります(もちろんオイルドヌバック加工をしていないブーツも一見すると分からないだけで同じように汚れ、傷つき、ヌバックの起毛部では雑菌が繁殖しまくり、バサバサになって短い生涯を終えます)が、これを写真中のように復活させるにはそれなりに面倒です。写真下のようなテキスタイルのブーツを一度使ってしまうと皮革ブーツの手入れは面倒この上ありません。なにせこちらは普通のバケツに普通の液体洗剤を泡立てブラシでごしごし洗うだけですから、ものの30分で両足終了です。

 第二は、ものすごく長持ちすることの裏返しになりますが、お店で「このブーツ履きやすそうだなあ。いいなあ」と思うような新しいブーツが出ても、家には数年を経ても購入時とほとんど変わらないブーツがあるので、ブーツを新調するという楽しみがなくなることです。もちろん冬靴、3シーズン、アルパイン、トレッキングと目的別には購入するわけですが、なにせどれも履いているかいないか意識せずにすむほど足になじんでいますから、新調する理由が自分でたちません。でも、ほしい…。老少年さんのように、ヌバックスプレーや防水ナノスプレーをかけるだけにして、バサバサになるまで履いて買い替える方が適当な時期に適当に物欲も満たされていいかもしれません。私のブーツ群はこのままだと、私が足腰が立たなくなり山歩きどころではなくなっても使えるかもしれません。

 第三は、やはり自分で加工する際はそれなりのコツがあります。丸洗いした後、ヌバックスプレーを噴霧するわけですが、ときどき、ブラッシングして土ほこりを落としただけで、スプレーを噴霧している方がいます。きちんとオイルを皮革に浸透させるためには、本来、片足で一本くらい使う必要がある―というのがその道の方の見解です。奥多摩行のJRに乗っていると、時々、土ほこりをおとすだけで大量に噴霧しているのか、すごくムラになったヌバックを履いている方がいます。それと同じで、きれいにオイルド加工するのはそんなに簡単なことではありません。またオイルド加工はしていても、表面につやが出ていない方もいます。これはあきらかにワックスの塗りすぎとブラッシング不足です。

 ひとつ、ふたつコツを記すなら、まずスポンジにたっぷり水を含ませブーツ全体にむらなく均等かつ十分に水を含ませることです。その上で防水ジェルをのばし、徹底的にブラッシングします。ここでムラが生じているようなら、水の含ませ方が不十分だったか、防水ジェルの塗り方にムラがあったかブラッシング不足のどれかです。この段階でムラを残したままヌバックローションを塗ってワックスをかけていっても最後までムラが残ってしまいます。

 友人が失敗したブーツの加工をやり直してあげたことがありましたが、なかなか面倒です。ステインリムーバーを使って、お湯を含ませたブタ毛の固いブラシでワックスを一度きれいに落としてから一から加工しなければなりません。

 さてワックスを塗りのばすところまでうまくいったとしましょう。基本は徹底的にピカピカのすべすべになるまでブラシをかけるわけですが、ときどき、手の親指の付け根辺りでギューギューこすってあげます。また、初めてだとどうしてもワックスは十分乗っているのに、ピカピカしてこない部分が見つかり、ワックスが足りないと勘違いしてさらにワックスを足してしまう方がいます。ブラッシングしてもくもっているような個所は、足りないのはワックスではなくブラッシングです。そういう場合はブラシをおき、ブーツを履いて女性が冬場に履くような厚手のストッキングで思い切り磨きます。すると摩擦熱も加わって、余分のワックスがきれにとれてほかの部分と同じようにピカピカのスベスベになります。(もちろんブーツ全体もピカピカになります)

 最後に防水ナノクリームを全体にのばし、さらに同じようにブラシでごしごし、手のひらでギューギュー、ストッキングでさらにごしごしやると完成。ピッカピカになります。2、3日よく乾燥させてから、ヌバックローションを塗る工程から同じように加工します。そしてまた乾燥。さらにヌバックローションを塗ってワックスをかけて…と3回やります。

 ここまでやって履いて出ます。一度、この加工をしてしまうと後は、山から帰ってきてソールからアッパーまで丸洗いしてちょっと乾かしてブーツを眺めると、例えば一昨日のように本降りの中を歩くとワックスが抜けている個所が目につくことがあります。そういうところと、傷になったところに薄くワックスを塗り、防水ナノクリームを塗ってブラッシングするだけでOKです。しかし、この手間もなかなか面倒といえば面倒です。特にこの時期は湿度が高くなかなかワックスが乾きません。

 ちなみに、上野にある「とらや」という登山用品店ではローバー・タホーはお店ですべてオイルド加工したものを販売しています。店員さんに「珍しいですね」と尋ねたことがありますが、「だってヌバックはこうやって履くようにそもそも作られてるんですよ」ということでした。私もなかなかうまく加工しますので、バイトでやとってほしいくらいです。

 第四は、ブラシ等メンテナンスに使う道具類のメンテナンスが時々必要になることです。ブラシに残ったワックスはビジネスシューズや家内のブーツを磨けばピカピカにしてくれますが、それにしても時々、お湯と選択洗剤でブラシからワックスを落としてあげる必要があります。同時に、必要なメンテナンス剤(防水ジェル、ワックス、防水ナノクリーム等)を補充しなくてはなりません。こう何足もローテーション、山域によって使い分けていると、結構な早さでなくなります。私はコロニルの製品を使用していますが、ひとつひとつなかなかの値段です。

 デメリットといえばこんなところです。しかし、年齢を重ねても新しいことにチャレンジし、しかも、道具を大切に長く使ってみるのも、大量消費、使い捨てのこの時代に悪くないことだと思います。誰だったか「よく手入れしたブーツには神が宿る」といっていますし。
 

酉谷山避難小屋

 投稿者:老少年  投稿日:2014年 6月29日(日)13時17分2秒
編集済
  Watさん、

天気はよくなかったものの、充実した山歩きを楽しむことができたようでよかったですね。
私も賀郎橋から板形尾根を登り降りしたことがありますが、モノレールが走っていることと、同
じ小川谷林道を歩くなら、上段歩道のほうが気に入っているので最近はご無沙汰しています。

三又から酉谷山へのルートも、今は小川谷林道の通行が禁止されていることから薄くなってしま
い、旧酉谷山小屋から少し上がって右の尾根へ、次いでいったん下って登って左の尾根と言うと
ころがルートをロスしやすいところではないかとみています。

今回の小屋では陰陽両面のご感想を持たれたようで、それも日常の社会の一面ですね。細かいこ
とを突き詰めると、今は周りから人が逃げてしまいますから、ひとりごちるのが精神的にもいい
ですね。

通行が認められていない小川谷林道は、道路交通法により3月以下の懲役又は5万円以下の罰金
が用意され、警察官でなくても私人が現行犯逮捕できる罰条ですが、(幸いに?)歩行者には適
用されないので、打首獄門にはならないので安心です。ただ、都道ですから都の道路交通規則な
どの条例に何らかの科料程度の決まりごとがあるかも知れません。

・・・と知ったかぶりをしてみましたが、小屋ライフで多少違和感ある光景を目撃したとしても
それは愛嬌と受け流すことができたら精神的にいいでしょうね。この小屋を愛するがゆえに多少
の備品が置かれたとしても、そしてそれをけつの下に敷いたとしても(マナーとしてどうかとい
うようなことは別として)許容範囲との度量の見せ所です。

今のままの社会には、ほかの避難小屋のような鼻を付く異臭をなくそうと個人登山者が身銭を切
って買ったバイオトイレ消臭などを置くことも禁止と敷衍されかねないような幼稚な風潮がない
とも言えません。銀マットにしても一時より整理されて破れて使いものにならないようなものは、
気付いた人が整理して、修理し、だめなものは下されています。

座卓については、たぶんこの小屋の工事の人が端材で作ってくれたのでしょう。私が酉谷山避難
小屋を使うようになった2010年の画像に座卓が映っていますし、収納箱は工事関係者の次の
作業時の収納のためであって、鍋(前は七輪もあった)などもそのためのものであることは、残
置された食料等の種類や量からも明らかで、一般登山者や宴会登山者が持ち込んだとの見方はで
きかねるものと思います。

それよりなにより、その収納箱の食料が少しずつなくなっていって、今では何もかもが持ち去ら
れたか食い尽くされたというような、本質的なことのほうがこの小屋を使う者にとってのマナー
としてトピックになってもいいのかなぁと思うのです。

ゴミについてもしかり、残置のごみがてきめんに少なくなったのは(一杯水もこの1年ほどから
そのようです)ここ2~3年の話であり、トイレの清潔さが恒常的に保たれ今のような光景が日
常風景になったのもそんなに昔の話ではないと思っています。私自身も最近、小屋のごみを下ろ
すことはほとんどなくなりました。多くのひとがボランティア的精神でこの小屋に献身している
ことは尊重されるべき出来事ですね。

あれこれ長くなりましたが、フレンドリーな人たちが明るい声で迎えてくれたということは、
ぎすぎすした社会では慶事と言えることです。仲よく楽しくおいしく酒を楽しんでいることが、
いわゆる宴会騒ぎの宴会とは思えませんし、軽く談笑しながら味わって飲むお酒は肯定されてい
い、和やかな情景ですね。hanajirosangakukaiの所業のような情景でなければ、平日の酉谷
山避難小屋のトピックとしては、この小屋を愛する人には受け入れられてもらえる範囲のほほえ
ましい光景として、私は首肯します。潤いがあっていいですね。

(画像1)2010年の座卓のある光景
(画像2)2010年のごみ下しの光景
 

久々の酉谷避難小屋

 投稿者:100wat  投稿日:2014年 6月28日(土)23時55分3秒
  老少年様

 前回宿泊から3年近く経つでしょうか。久しぶりに行ってきました、酉谷避難小屋。
 バリルートマニアとしては、O川谷林道の通行止めがいつまで続くのか。解除の
 目安というか基準はどこに置いているのか。じーっと待っていたんですが…。

 確かに通行止め当初は人形尾根を歩いていても絶えずガラガラと燕岩、籠岩方
 面から落石の音が聞こえてきましたが、しばらく前に籠岩コースを偵察に行った
 際は静かなものでした。

 で、昨日金曜日、奥多摩駅バス停に張られた「常識的な行動を」の張り紙に「すま
 ん。十分注意するから通らせてね」と手を合わせ、出発。通行止めゲートの前で10
 分間、耳を澄ませて様子をうかがっていましたが、静かなものでした。「じゃ、自己
 責任で通らせてもらいます」と一石神社の石仏にあいさつし、ゴー。

 そう何度も禁をやぶるのは気が進みませんので、一気に2本片付けてきました。
 まずは賀郎橋を渡ったすぐ横からハンギョウ尾根へ。この尾根は長沢背稜に直登
 していく尾根で、天目山のやや西にある板形ノ峰に達します。ここから七跳山、さら
 に酉谷避難小屋を左手に見て、どんどん長沢背稜を西へ進み喜右衛門尾根を三又
 まで下降。三又から今度はかつての登山道だった酉谷沿いの谷あいを北へ酉谷避
 難小屋へ向けて登り返しました。

 しかし、谷の中がガスでいっぱいになり、足場は悪いし標高はなかなかかせげないし
 歩きにくいことこの上なし。そこで尾根に乗ろうと双眼鏡を取り出し上部を観察しました。
 西へ向かう枝尾根は見つかるのですが、なかなか北へ上がる尾根が見当たりません。
 酉谷の源流付近(実際の源流は地形図よりずっと北へ伸びています)で、やっと発見。
 尾根によじ登るのはなかなか大変でしたが、狙い通り酉谷避難小屋からさほど離れて
 いない地点で長沢背稜に上がることができました。

 ぐるぐる長沢背稜を回ったせいで夜7時近くになりましたが、無事、避難小屋に到着。
 人の気配がするので、「遅くに失礼しまーす」との扉を開けると、「どうぞ~」とフレンド
 リーな声で男女3人の方が迎え入れてくださいました。が、なぜか他人の居間に入り
 込んだような妙な感じが…。そこにはなかなか立派な座卓を囲んで夕食、宴会真っ最
 中の方々がおりました。座卓? そして座布団代わりにみなさん毛布をお尻の下に敷
 いておられます。座卓? 毛布? そんなものあったっけ? 思わず「座卓まで担ぎ上
 げてこられたんですか」と尋ねてしまいました。

 「いやその上にあったんですよ」と言われた先は入口左手の道具入れの木箱の上(
 写真上)。そんなのありましたっけ? 老少年さんならご存知でしょう。見回してみると、
 棚の上とかなんだかいろんなものが増えているいるようないないような。以前は収容
 人数オーバーで土間で寝ることになった際に重宝しそうな厚手の銀マットが2、3枚あ
 っただけのように記憶していますが。

 翌朝、同宿のお三方をお見送りし、掃除しながらじっくり観察しました。これまで開けた
 ことがなかった木箱の隣の収納箱も開けてみました(ちなみに収納箱の上、小屋ノート
 の隣に放置されているのは要冷蔵の食品を持ち歩くための銀張り断熱手提げです。こ
 いつは明らかにゴミだ! 持ち帰れ!)。そこには大きななべが数個とフライパンが占拠
 し、鎌やら肝心の小屋回りの手入れをする道具類が肩身が狭そうに収納されていました。
 (写真中)

 座卓まで運び上げたご努力には感服します。しかも木箱とサイズがぴったり。また大きな
 なべやフライパンをしょって、この避難小屋で大人数で楽しく宴会を開こうと担ぎ上げたこ
 とにも、私の理解は超えていますが、ご苦労がしのばれます。

 棚の上のマット類もいくつも増えています。確かに毛布も何枚か積み重ねてありました。
 この種のものはあれば確かに役に立つかもしれませんね。実際、同宿したお三方も断熱
 マット代わりに毛布をありったけ床に敷き並べてシュラフを使っていましたから。

 しかし、あえて言わせていただきます。

 「こらっ、どこの山岳会だか誰だかしらないが、すくなくとも鍋や座卓はすぐもって帰れ!
 どうせ、また大人数で押し掛けて宴会開こうという腹で置きっぱなしにしてるんだろう。
 そんな奴らはくるな! それとな毛布とかそんなもんに相当するもん、たとえばマットとか
 はな自分でもってくるもんなんだよ。自分たちの別荘かなんかと勘違いしてないか。そん
 なことだから都レンジャーが利用実態調査を始めたりするんだよ」

 もうひとつ、一杯水の避難小屋に綿入り半纏やら布団を置いているは誰だ(写真下)。以
 前、一杯水に強盗が住み着き大騒ぎになったが、また強盗野郎か? 覚えがある人はさ
 っさと撤去してほしいね。気持ち悪くて泊まれない。昔のストーブがあったころの一杯水避
 難小屋が懐かしいわ。

 そうそう、酉谷避難小屋の水場、快調でした。ゴムの誘導シートもちゃんとついていました。
 あれは老少年さんのお骨折りでしょうか。そうであれば、いつもありがとうございます。

 禁を犯して通行してはならない道を歩いた”非常識人”の私が言うのも憚られますが、座卓
 に鍋、フライパンはちょっとひどいと思った次第です。┷
 

お花畑

 投稿者:老少年  投稿日:2014年 6月23日(月)21時54分7秒
編集済
  Watさん、チューサンさん
こんばんは!

そうなんですね。1960年ごろに発行された山のお花畑の本を見ると、奥多摩にもアツモリ
ソウが鎌で刈れるほどいっぱい咲いていたようです。確かに人による盗掘の被害もあるでしょ
うが、石尾根の状態を見るまでもなく、鹿の食害が最大の要因ではないでしょうか。これまで
のアツモリソウの探索結果からは、そのように見ています。ただ、数の少ないところでは盗掘
が主因だったのかもしれません。

関東の山でたった10年前に40株ほどネゴ削ぎ盗掘して警察に逮捕された輩がいるように、
絶滅したと思われる山にもそんなに残っていたということは、被くなくても残っていいはずで
す、人間がいくら盗掘しようがアツモリソウに最適な植生であれば種子が芽生え数年後には開
花株になってもおかしくありません。

しかし、鹿は芝刈り機で芝を刈ったときのように徹底的に食するので、石尾根にしても熊ノ平
や北荒川岳の草原に見られるとおり、かつてアツモリソウがあったところは、徹底的に植物が
餌食になり、残っているものは食圧で矮小化しています。ちょっと現場を見ていればそんなこ
とはすぐに分かるはずだと思うのですが、なにもせず放置しておいた責任官庁の不作為は、そ
ういった意味では犯罪的であると言わざるを得ないでしょう。

いまごろになって、ちょっと押せば倒れるような網を巡らしたところで遅過ぎますね。これが
私たちの国のあらゆる現実の一面ですね。追い詰められるまでは何もしないで、やられてから
では被害は回復しがたいほど甚大になるというのが分からないのは、困ったものです。

今回行った仙丈ヶ岳も文獻を見ればキバナノアツモリソウの植生地だったということですが、
もうしばらく前から丸裸で、そのようなお花畑が昔あったっけというほどの変わりようのよう
です。それでも、一縷の望みをかけてどこへでも一回は探しには行きますが、夢だけは見てみ
たいという気持ちで山に入っているのでした。

Watさん、靴の手入れについて研究したいと思いますが、不精なもので・・・。

 

昔の石尾根

 投稿者:チューサン  投稿日:2014年 6月23日(月)09時18分15秒
  老少年さん 100watさん  おはようございます

100watさんの「むかし石尾根はお花畑だった?」を、興味深く拝読いたしました。
私は1948年生まれで、初めて雲取山に行ったのは1966年3月でした。翌年から雲取山周辺の谷歩きをはじめ、夏の石尾根に上がると色とりどりのお花でいっぱいでした。あとでわかったのですが、ヤナギランは間違いなくたくさん咲いていました。夏の終わりにはマツムシソウが咲いていました。あのお花たちは鹿の食害、盗掘、酸性雨?などで消滅してしまったのでしょうか。南大菩薩の小金沢連嶺~湯ノ沢峠~破魔射場丸にかけての草原は当時の石尾根の植生に近かったと思いますが、近年こちらも急激に消滅の危機に貧しているようです。この写真は大倉高丸周辺のお花畑です。1970年代はむせかえるようなお花畑でしたが・・・・・・・
 

むかし石尾根はお花畑だった?

 投稿者:100wat  投稿日:2014年 6月22日(日)22時29分29秒
  老少年様

 山岳ガイドの山田哲哉さんの「奥秩父―山、谷、峠そして人」(2011年、東京新聞社刊)を読みました。
 山田さんは1954年生まれですので今年還暦をむかえられた(える?)ベテランガイドです。
 ネパールやヒマラヤの高峰はもちろんですが、小学生のころから奥多摩、奥秩父をくまなく歩き、この
 山域のことを知り尽くしておられます。本書の内容は、原全教氏の「奥秩父研究」に匹敵、いや、年代
 的近いこともあって原本より示唆に富んでいます。とても勉強になりました。

 小学生のころから始めた登山(中学に入学してほどなく奥多摩から石尾根縦走路・雲取山を経て奥
 秩父主脈縦走路を飛龍山から金峰山までツェルトを張って縦走されたようです)経験を基に、奥秩父
 を山、谷、峠、人-の4章に分けて今昔が書き記されています。

 もちろん二軒小屋尾根のことも出てきますが、ちょっと驚いたのは「あのころの雲取山は道々に花が
 溢れていた」という一節です。「あのころ」というのは山田さんが中学生だったころのことですが、「その
 ころの雲取山はいま思えばまさに『花の山』だったと思う。いまでは希少種といわれるアツモリソウが
 奥多摩小屋近くを中心に登山道の上まで顔を出していた。…ツツジの季節が終わると(石尾根の)防
 火帯は花で覆われた。そのころは花を大切にしようなんて思わないで済むほど次々と花が咲き、登山
 者は平気で花を摘んでノートの押し花にしたりしていた」-そうです。

 それがなぜ? もちろん鹿の食害もあるわけですが、本書を読むとそれほど単純な話ではないようで
 す。機会がありましたら、ぜひ一度手に取ってご覧ください。秩父側からアクセスすることが多く、草花
 にもお詳しい老少年さんの方が私より実感をもって本書の内容を理解できるのではないかと思い、ご
 紹介させていただきました。(すでにお読みかもしれませんが…)

 (おまけ)
 私はBeethovenと並んで(笑)、LOWA、hanwagなどドイツ系ブーツの愛好者です。奥多摩で時々、ス
 ポルティバのトランゴキューブとか履いて歩かれている方がいますが、あれはちょっと違う と思うな
 あ。あの靴は岩稜帯、アルパイン系です。ドイツ系だけでなくいくつかブーツを持っていますが、ソー
 ルにクライミングゾーンがあるトランゴは基本、土の上を行く奥多摩向きじゃないと思います。ソール
 のパターンや深さも全然、違いますし。安全登山のためにも山域にあったブーツで出かけた方がいい
 ように思います。

 写真は普段履きのLOWA PINTOです。こいつもヌバックで、ゴアの内張りはありませんから、たっぷり
 防水ジェルを革に浸透させWAX3回加工を施しています。雨の日も長靴並みの威力です。写真は加
 工後間もなくまだ完全に乾ききっていない状態(写真中)であり、加工前(写真下)と比べえらくダークブ
 ラウンがかってみえますが今はもっと薄い茶色です。通勤用にブラックを最近発注して到着待ちです。

 ベタベタ、ヌルヌルに見える? いえいえツルツルでスベスベでピカピカなんですよ!
 新しいSRIOでぜひお試しください。長持ちしますよ。LOWAのTAHOEーなんかソールを張り替え張り替え
 数年以上履いてますが、アッパーはピッカピカです。(ついこの前まで傷ひとつありませんでした。傷がつ
 いても帰って手入れすると、よほど深い傷じゃない限り消えちゃうんです)?
 

二軒小屋尾根

 投稿者:老少年  投稿日:2014年 6月19日(木)00時06分50秒
  Watさんがほれぼれの二軒小屋尾根の話をうかがって、是非ともこの尾根を歩いてみたいと思い
ます。晩秋~初冬に、あるいは新緑のころになるのかもしれませんが、奥多摩の自然林づくし
の尾根と言うのは非常に気になるところです。タワ尾根の上段歩道も先に進むと気持ちのいい
(準)巨樹が目白押しなんですが、大震災の影響で小川谷からは入れませんし、金袋山から巡
視路を下りるのも面倒です。

南アルプス林道の歌宿バス停で荷揚げのヘリを待っていた仙丈小屋の小屋番さんと、山と年齢
の話をしていたら、「テントを担げていたらどんなに歳を取ってもテントを担げるものだ。要
は年齢にかかわらずやるかやらないかだけのこと。」と話されていました。そういえば、酉谷
山避難小屋で同宿となる年配の人たちは、縦走装備で2泊も3泊もあるいはそれ以上の日程でや
っていますね。

私はテントは65歳ぐらいまでかなぁと漠然と決めていましたが、3月にテントを買い足したし、
5月の北海道でテントを担いで1日に14時間近く歩いたし、今回の仙丈ヶ岳(地蔵尾根)も12時間
歩いて実質的に1日で回ったし・・・、ということでテント定年の年齢を延長しようと思っていま
す。なお、Watさんからは、過分なお言葉を頂戴しました。ありがとうございます。
 

老少年さんは目標です!

 投稿者:100wat  投稿日:2014年 6月18日(水)13時00分34秒
   老少年さま
 老少年さんは、私のちょうど10歳先輩に当たります。私も10年後も老少年さんのように、パワフルに山を歩いていたいものです。老少年さんは、私の目標です。

 ご承知かもしれませんが、二軒小屋尾根は珍しくほほ完全に自然林の尾根であり、植生が素人目からみてもとても豊かです。

 環境省の巨樹の基準を満たしているか分かりませんが、尾根上には見事な巨樹が聳えています。ふかふかの腐葉土状になっており、芋木ノドッケ間近は芝生のような下草に覆われています。まだ調べいませんが、小さな黄色の花びらの花が群生しており、踏まずに歩くにはちょっと尾根を外さくてはならないほどでした。

 もちろん、芋木ノドッケから酉谷に回っても一泊というのもありでしょう。昨年は雲取山の避難小屋に泊まりましたが、えらく早く着き「これなら日帰りできる」と思った次第です。

 今回はいい気になって、日原林道の終点をさらに北へ伸びるトレースを追って天祖山の山頂に西腹からあがる尾根取り付きの偵察に出たり寄り道しましたのでちょっと時間がかかりました。後、長沢谷の渡渉ですね。渡渉点を探しに上、下流をウロウロしてしまいました。結局、木橋のあったあたりを突っ切りましたが、十分ご注意ください。

 では、お互い安全登山で!
 

限界に挑戦/仙丈ヶ岳地蔵尾根

 投稿者:老少年  投稿日:2014年 6月17日(火)17時36分49秒
  Watさんと違って、間もなく64歳になる「純」老体、登山口と仙丈ヶ岳の間の単純な標高差
1,800mは、テント泊装備ではまことに厳しいものがありました。さらに、その日のうちに北沢
峠に下り立ったものですから、途中で懇ろにストレッチをしないと足元がおぼつかない状況で
した。
それにしてもよく頑張ったものです。地蔵尾根から仙丈ヶ岳を経て北沢峠に下りるのに要した
時間は12時間でした。あちこちの山に登りたい、でも奥多摩のお気に入りの酉谷山にも行き
たいと悩む山の季節です。
 

日帰りで都No.2とNo.1峰へ

 投稿者:100wat  投稿日:2014年 6月15日(日)21時33分53秒
  老少年さま

 いいですねえ。今度は仙丈ケ岳ですか。羨ましい限りです。

 小生は昨日、日帰りで奥多摩山域、東京都No.1峰(雲取)とNo.2(芋木ノドッケ)を歩いて きました。ルートは東日原~長沢谷~二軒小屋尾根~芋木ノドッケ~長沢背稜~雲取山~鴨沢。鴨沢発の奥多摩行き最終バスには間に合いませんでしたが、留浦発の最終便に滑り込みセーフでした。

 沿面距離30.111km、累積標高(+)1806.714m、同(-)-1908.593mと日帰りするには少々ロングルートですが、本ルートの核心部は長沢谷の渡渉です。水場の水量の豊富さが報告されていますが、今年の雨量は半端じゃなかった証左に、長沢谷の沢の水深、水流の勢いは昨年渡渉した際とは一段異なるものがありました。下はパンツを除きすべて脱がないと濡れずに渡るのは不可能でした。渡渉される方は当分の間、十分、注意した方がいいでしょう。

 雲取山荘、奥多摩小屋ともテン場はテントでいっぱいでした。小生は修験者のように歩きづめでしたが、みなさん、早めの宴で楽しげでした。
 

いいですね~、酉谷山避難小屋

 投稿者:老少年  投稿日:2014年 6月14日(土)22時41分9秒
  雨だからこそ酉谷山避難小屋泊!
いいですね~、チューサンさんの山歩き、グラスを持参でのビールも余裕が感じられます。
ゆっくりとした小屋滞在の時間が持ててよかったですね。
こんな雨の時の長沢背稜歩きも趣があり、違った顔を見せてくれるようです。
また行きたくなってしまいました。
 

酉谷山避難小屋の宿泊してきました

 投稿者:チューサン  投稿日:2014年 6月11日(水)22時58分33秒
  10日(火)~11日(水)と、宿泊してきました。ビール、ワイン、日本酒を担ぎ上げ、水場に冷やし昼間っから一人宴会です。この雨の中、登山者は誰も来ず、貸し切りの宴会でした。最高のひとときです。池波正太郎の本を読みつつ、寝てしまったようです。気がついたら朝の6時半です。11時間も熟睡してしまったようです。最高のお休みでした。何度行っても飽きません。命の洗濯をさせていただきました・それにしても水場の勢いは凄いですね。これだけの水勢は初めてでした。二日間誰にも会いませんでした。
 

蝶ヶ岳/長塀尾根

 投稿者:老少年  投稿日:2014年 6月11日(水)22時38分35秒
  2014年の初登りが長塀尾根からの蝶ヶ岳往復だったゆえ、Watさんの今回の縦走にはうら
やましいものがあります。厳冬期ゆえ、未熟ゆえ尾根の往復は当然とはいいながら、その上に小
屋泊まりでは物足りない気分でした。ただ、零下21℃にもなっていたので、小屋ライフは快適そ
のものではありましたが。

今回の土砂降りの中の酉谷山で感じたことは、靴に雨がはいらず快適だと、それ以外がずぶ濡れ
でも心も軽いということでした。このような雨の中の山歩きは今回で十分ではありましたが・・・。
 

メールが不通

 投稿者:はな  投稿日:2014年 6月 9日(月)11時38分40秒
  こんにちは、急用が有り、メールをしましたが3度とも戻ってきてしまいます。
どうしたのでしょうかね?
 

豪雨の中の奥多摩

 投稿者:老少年  投稿日:2014年 6月 8日(日)21時02分43秒
  Watさん。

6/6~7で東日原から酉谷山に行っていました。
そんなことから、Watさんの北アルプスの山行などについて、じっくり拝見させていただきます。
今回は、スズメバチにチクンと刺されたことと、車で行ったのですが、雨で日原街道と青梅街
道が通行止めになったことがトピックでしょうか。痛かったですね、特にスズメバチは・・・。
 

表銀座縦走―おまけ

 投稿者:100wat  投稿日:2014年 6月 6日(金)20時05分47秒
  今回、どのブーツを履いていくか。
結局、大天井岳のトラバース道が使えるかちょっと偵察に出た時しか使いませんでした
が、やはり、念のためクランポンは必要です。
クランポンは前コバもある冬靴用のワンタッチと、後コバだけある3シーズンブーツ用の
セミワンタッチしか持っていません。

上高地バスターミナルから徳沢園の長塀尾根の取り付きまで冬靴で歩くのはごめんです。
となると、選択肢は2つ。スポルティバのトランゴキューブの新モデルかアゾロのシェルパの
どちらかです。くさりかけの雪に脚を落とすことが予測されましたので、トランゴキューブでは
寒そうです。で、スエードの皮革ブーツであるシェルパに決定。

アゾロはトランゴキューブに比べるとはるかに重いですが、足入れも抜群。
何よりソールのパターンがいいのか、濡れた岩に乗ってもがっちり滑りません。
もちろんヌバック同様、防水ジェルとワックス、ナノクリームでつるつるコーティング済みです。

帰ってくると写真のように一見、傷だらけになりますが、ワックスをかけ直して磨きあげると、
元通り。アゾロのシェルパ、なかなかいいですよ。奥多摩で2度ほどためし履きしていました
が、北アルプスのような岩稜、高山帯でこそ威力を発揮するようです。

写真は帰宅後と手入れ後です。後ろにちらっと見えているのがトランゴキューブです。
 

表銀座縦走③

 投稿者:100wat  投稿日:2014年 6月 6日(金)19時29分55秒
  縦走3日目。燕岳へ向かいます。
途中、大天井岳に登ります。大天荘はまだ雪の中。トイレなど屋根がちょっと見える程度です。
大天荘から喜作レリーフに到る東側のトラバース道は雪でまだ使えません。
クランポンをつけてちょっと偵察しましたが、さすがに無理。滑落したら奈落の底です。
ということで稜線通しでガレた稜線直下を横に喜作新道との分岐を目指して下っていきます。
私は厳冬期に稜線通しで燕岳方面から山頂に上がった経験があります。
しかし、この時期、あそこを稜線通しで下るのもなかなかスリルがあって面白かったですね。
分岐まで下りてくると雪はまったくありませんから、燕岳方面から来た人は分岐の岩にペイント
されたようにトラバース道を行ってしまいそうです。
どこで雪が始まるか確かめに行こうかと思いましたが、このころから安曇野側からものすごい
ガスと冷気が上がってきて視界不良に陥ってきましので、素直に燕岳へ向かいました。
老少年さんが歩いた7月というと大天荘もオープンしていたと思いますが、そのころはトラバース
道は使える状態なのでしょうか。
翌日は雨の予報でしたので一気に燕岳山頂に上がりましたが、ガスってなにも見えませんでした。
山名石にこしかけて一服。燕山荘へ向かい3日目はおしまい。

縦走4日目。最終日の本日は合戦尾根を中房温泉の登山口まで下りておしまい。雨の中、雷鳥に
見送ってもらい下山しました。

梅雨入り寸前のこの時期、GWに登る人は登ってしまい、どの小屋も空いています。人気の燕山荘
も一列貸切り、個室同然です。常念小屋も定員12人の部屋に私1人。こちらはほんとに個室状態。
道も樹林帯の陽だまりの土道から、くさってはきていますが雪道、ちょっとした岩稜帯歩きまで楽し
めます。だから表銀座は残雪期―というのが私のお勧めです。
 

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