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遅くなってすみません

 投稿者:土井中 照  投稿日:2006年 9月16日(土)09時26分45秒
  遅くなってすみません。出張やら、執筆やらでバタバタしておりまして、返信が遅くなりました。

 7~8世紀の伊予国の地方豪族や有力農民層には、小千(越智)、和気、苅田、賀茂、多治比、怒麻(野間)、凡、田部、物部、大、鴨部などがいました。

 また、伊予の地名から派生した名字には、新居郡新居郷の新居氏、新居郡井上郷の井上氏、周敷郡池田郷池田氏、周敷郡井出郷の井出氏、周敷郡吉田郷の吉田氏、桑村郡の桑村氏、越智郡の越智氏、越智郡高市郷の高市氏、越智郡拝志郷の拝志(林)氏、越智郡高橋郷高橋氏、越智郡の別宮氏、越智郡日吉郷の日吉氏、野間郡英多郷の英多氏、風早郡河野郷の河野氏、温泉郡桑原郷の桑原氏、温泉郡埴生(垣生)の郷垣生氏、和気郡大内郷の大内氏、伊予郡岡田郷の岡田氏。浮穴郡井門郷の井門氏などがいます。
 えひめ名字ベスト1の村上氏は、水軍に由来、信濃の村上氏の流れを組むといいます。
 
 

(無題)

 投稿者:うさぎ  投稿日:2006年 9月 7日(木)20時17分31秒
  土井中さんの『えひめの名字の秘密』という本を読ませていただきました。とても、興味深いですね。ところで質問なんですが愛媛に関わりの深い名字と言えば、どのようなものがあるのでしょうか??  

ありがとうございます。

 投稿者:池内建氏  投稿日:2006年 6月30日(金)22時57分47秒
  私の先祖に関する大変興味深いお話を伺い、とても感動しました。
おぼろげながら河野氏という話は聞いていましたが、ここまで具体的な
話があるとは驚きです。
ぜひとも、えひめ名字の秘密 第二版は7月15日以降に購入したいと思います。
ちょうど絶妙のタイミングでしたね。
心よりお礼もうしあげます。
 

池内氏

 投稿者:土井中照  投稿日:2006年 6月30日(金)06時34分31秒
  稲爪神社の氏子様、書き込みありがとうございました。

 私の著した『えひめ名字の秘密』という本で
池内氏は「河野氏族。『菊間町誌』によると、河野公通は、風早郡河野郷池ノ内(松山市/北条市)に住んだため、池内冠者と改めました。 河野光定の子が池之内氏となっています」と説明しました。
 正岡子規の後を受けて俳句隆盛に貢献した高浜虚子は、池内氏から出ています。

 河野氏は、源氏に味方して鎌倉幕府の誕生に寄与し、伊予国に多くの領地を得ますが、承久の乱で領地を没収。のちに元冦で勇猛果敢に戦って所領を回復します。また、南北朝時代にも各地で戦乱の日々を過ごしていますので、河野氏に関係する人たちは全国に見受けることができます。

 『えひめ名字の秘密』は皆様のお陰を持ちまして在庫切れとなったため、若干の修正と見直しを加え、7月15日から『えひめ名字の秘密 第二版』として再び店頭に並ぶことになりました。よろしくお願い致します。興味のある方はこちらのサイト「アトラス出版」まで
http://www.shikoku.ne.jp/atlas/
 

はじめまして

 投稿者:稲爪神社の氏子  投稿日:2006年 6月26日(月)22時37分23秒
  大変興味深いサイトで、とても楽しんで拝見させていただきました。
私の先祖は南朝方の北畠氏に使えていたが、戦に破れ、
播磨の稲爪神社に匿われて播磨に居ついたといわれている、河野系の一族です。
(言い伝えなので真偽のほどはさだかではないですが)
稲爪神社のお話しが掲載されていたので驚きました。
池内氏というのですが、結構稲爪神社の周辺には同じ名前の人がいます。
 

感謝

 投稿者:高須賀  投稿日:2006年 6月26日(月)20時21分39秒
  いつも適切、かつ貴重なアドバイスを頂きありがとうございます。
ご教示頂いてからすっかり先祖と愛媛県の歴史にはまってしまいました。
休暇がうまく取得できれば、是非、松山に行ってみたいと思っています。
 

「河野分限録」「伊予温故録」

 投稿者:土井中照  投稿日:2006年 6月 9日(金)18時13分15秒
  「河野分限録」は伊予史談会双書第5集「予章記」(\1900)が一番手に入りやすいと存じますが、p.160に「高須賀氏」の名があるだけですので、ご購入はおすすめできません。
「伊予温古録」は愛媛にある図書館なら所蔵しています。「伊予温故録」または「伊豫温故録」でご検索ください。

お暇な時に、観光を兼ねて、松山への旅行をおすすめします。図書館に足を伸ばしてみて下さい。

また、「姓氏家系大辞典」大田亮(角川書店)など、
どこの図書館にも必ずある辞書の類を調べると、ある程度のことが分るかもしれません。

過去帳や菩提寺を調べるのが確実だと思います。

p.s.
川内町一帯を支配していた領主・戒能(かいのう)氏(河野系)の重臣に
高須賀通尭がいます。

正岡子規に関する本の執筆やら再版にあたっての修正などがあって、充分な時間がとれません。
もっと詳しく調べたらよいのですが、簡単な情報でごめんなさい。
 

(無題)

 投稿者:高須賀  投稿日:2006年 6月 7日(水)21時50分58秒
  ご教示ありがとうございます。
大変参考になります。
今から16~17年前、新入社員の研修旅行で四国巡りをし、その際、松山に立ち寄らせて頂きましたが、まさか先祖の発祥地かも知れないなど思いも寄りませんでした。
「河野分限録」や「伊予温古録」は閲覧の方法があるのでしょうか?。
由来などは、地元の同姓の方から伺うのが一番いいのでしょうね。
 

伊予と新田氏

 投稿者:土井中照  投稿日:2006年 6月 2日(金)18時30分16秒
  南北朝時代の伊予国は、
河野氏の支族・忽那(くつな)氏、土居氏、得能氏らが南朝に組し、
各地で戦乱が繰り広げられたところです。
懐良親王や新田義貞の弟・脇屋義助も伊予国を訪れており、
楠氏、新田氏ら南朝方の武士との関係は強いものがあるようです。

ちなみに脇屋義助は世田山(現・西条市東予)で死亡し、今治市にその墓があります。
また、野間郡の井手氏は楠流といい、菊水の紋、
松山の新田氏や新居田氏など、新田氏との系と伝えられる氏族もあります。

「伊予温古録」は明治27年に刊行された地誌で、さまざまな内容が網羅されており、
誤字、脱字は多いものの良い史料だと存じます。

また、愛媛の歴史と文化財という投稿プログに参考になることがあるかもしれません。
http://silver.ap.teacup.com/bunka/53.html
 

先祖の故郷

 投稿者:高須賀  投稿日:2006年 6月 2日(金)17時18分7秒
  早々のご教示ありがとうございました。
やはり、愛媛県つまり伊予国が私たちの先祖の故郷のようですね。
でも、伊予国の出自で新田一族はおかしいですね。
従兄も独自に調査しているようで、「『伊予温故録』なる文献に新田、高須賀、伊予を結ぶ記述があるらしい」というようなことを言っていました。
どの程度信用性のある文献で、記述なのかは不明ですが……。
先祖のことを知りたくなってきました。
まずはお礼方々。
ありがとうございます。
 

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