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(無題)

 投稿者:まさと  投稿日:2008年 3月22日(土)05時26分39秒
  楽しいHPですね♪
松本町辺りでオシャレで雰囲気のいい飲み屋さんってありますか?
デートにオススメのお店を是非、教えてください。
 
 

(無題)

 投稿者:abedenメール  投稿日:2008年 2月19日(火)23時54分40秒
  阿部デンです。
メルアドすべて消えちゃったんで、あーちゃんと西川のメルアド教えてください。

また、これ消してください。お手数かけて、ごめん。
 

ララナカヤです。

 投稿者:ララナカヤメール  投稿日:2007年 8月24日(金)22時36分33秒
  お礼大変遅れてスイマセン。お酒大変ありがとうございました。あれからアヤコレットの家でメンバーと飲みました。普段お酒が飲めない山崎倫靖くんも珍しく美味しいといって飲んでおりました。今自分の周りでは面白いことが毎日起きていて映画館で映画を観るよりもリアルタイムで起こっているほうがおもしろいので、困っております。タダでおもしろい映画を観ているみたいです。ではまた会いましょう!それから本ありがとうございました。読んでます。  

あやしげライブ

 投稿者:ララナカヤメール  投稿日:2007年 7月12日(木)01時16分18秒
  7月20日(金)19時から「ブリキのがちょう」でスーパーライブvol2イン今治やります。アヤコレットやかねと食堂の若旦那?をはじめ今治在住のミュージシャンと、もちろん松山の凄腕ミュージシャンを連れていきます。2000円ワンドリンク付きです。よかったら来て下さい!ヨロピク  

愛媛の県民性ーページ78について

 投稿者:中村徳一メール  投稿日:2007年 4月12日(木)23時46分42秒
  前略
 愛媛の県民性を楽しく読ませていただきました。貴殿の本は3冊目です。毎回、地元についての詳細なお話、感服しております。私どもは、木屋町に住んで、100年以上になります。明治10年頃広島から、旧、温泉郡御幸村新村、現在の木屋町3丁目に住んでいます。
団塊の世代ですから、だいたいの歳もおわかりでしょうが、約60年になります。
そこで、78ページに戻りますが、この木屋町にも「喧嘩御輿」があります。還熊八幡神社では、南(木屋町・御幸町・山越町)と神社はさんで北(山越町の一部と姫原町)の二つの地区で御輿を出します。松山では一番遅い宮出しになります。午前7時、しかし、神輿守が阿沼神社へ出稼ぎに行くため、毎年7時30頃になりますが、以前は勝った方が、本町4丁目の交差点で、八角さんなどとかき比べなどしたものですが、今では神輿をあげるのが精一杯の人数しか集まりません。お祭り好きには寂しいものです。
還熊神社のHP:http://homepage3.nifty.com/kaeri-guma/
にて確認してください。
又別件ですが、次回は、松山人??についても論じていただければと思います。
加藤嘉明&蒲生家&松平家の三種混合?を探っていただければと思います。
勝手なことを申し上げて、誠に相済みません。
最後に、「片眼ぶな」の近くに松山七不思議「紫井戸」はご存じなかったのでしょうか?
何かのついでにお探しください。松山は石手川の伏流水が各地に流れており、泉がたくさんありました。私も小さな頃は、片眼ブナそばの泉で夏は泳いだものでした。
どうか 愛媛、松山について御本の発刊してくださいませ。楽しみにしております。

http://www.nakatour.jp/

 

(無題)

 投稿者:ハナ  投稿日:2007年 3月 7日(水)15時15分23秒
  今治のタウン情報で良いところを見つけました。
ココです↓
http://www.imabari-town.com/
 

今治が舞台の文学作品発見

 投稿者:阜印貴  投稿日:2007年 2月21日(水)03時27分16秒
  はじめて、おじゃまします。突然ですみませんが、「愛媛が舞台の文学作品と県民性」のページにぴったりの本を見つけましたので報告します。
多島 斗志之著「二島縁起」と「海上タクシー<ガル3号>備忘録」です。
この2冊は愛媛どころか、今治市(島嶼部が中心)がメインの舞台です。瀬戸内の空気感が良く書けている佳作ですので、是非上記ページに加えてください。
作者は「海賊モア船長の遍歴」等で知られている、人気作家です。
 

中村が田中なったながれは?。

 投稿者:富康メール  投稿日:2006年12月 4日(月)20時45分15秒
  当家は中村から田中に名を改めた大森彦七の供養塔を建立した田中権内を祖に持つ者ですが、系図では和田家から養子に来ているのですが流れが不明確です。一つには、田中治兵衛 養子 大庄屋 佐禮谷村庄屋和田家より養子参る 和田与右衛門-宗仙―治兵衛―傳五郎
田中治兵衛は先祖河野氏族和田山城主越智通勝 久米郡岩伽羅衣掛城、石井村衣掛城兼帯八代孫高市村庄屋ト成享保五歳佐連谷村庄屋と成、其後嫡子譲砥部宮内大庄屋田中養子ト成ル
 以上大洲領庄屋由来書にありますが、他に和田吉盛ー吉次(麻生で田中となる) 吉重(田中)ー 義正(中村庄右衛門の養子)と言う文献もあり 和田家からの流れがはっきりしません。先生のお手元の史料に参考になる文献がありましたら、ご教示頂ければ幸いに存じます。

http://http://www.h2.dion.ne.jp/~sumi123/

 

「伊豫温故録」「大洲旧記」

 投稿者:土井中 照  投稿日:2006年11月12日(日)13時14分11秒
  「伊予温古録」と「伊予温故録」は同じものだと思います。私の本では時期によって表記が違います。まぎらわしくさせて、申し訳ございません。
私の持っている本は「伊豫温故録」と題し、昭和48年に名著出版から刊行されたものです。原著は明治27年、宮脇通赫の手で発表されました。名著出版の本は、大正4年の再版を復刻したものです。

「大洲旧記」は、寛政13年(1801)に編纂されたもので、「大洲新谷旧記集草書」が正式名です。

ご参考になれば幸いです。
 

お尋ねいたします。

 投稿者:富康メール  投稿日:2006年11月12日(日)10時58分12秒
  「伊予温古録」と「伊予温故録」は同じ本でしょうか?。
大洲旧記はいつごろ書かれた(発行?)本なのでしょうか。
お忙しい所ご教示頂けますと幸いに存じます。

http://http://www.h2.dion.ne.jp/~sumi123/

 

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