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ロータリーの寛容論

 投稿者:ポール  投稿日:2015年 3月 5日(木)10時39分49秒
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  1911年の1月、のちにRIの公式雑誌となる「ザ、ロータリアン」の前身

ナショナル・ロータリアンに掲載された、ポール・ハリスの論文

「Rational Rotarianism」合理的ロータリー主義 と題し発表したものの

最初のところで述べているのが以下の言葉です。

「神の思し召しにより、一段と高いところに上ることを許され、ロータリーとは

 何かと問われれば、自分は躊躇することなく、Toleration 寛容 と答えるであろう」

このように言っています。 これが後の ロータリーの寛容論となりました。

しかし、何故ポールがこう言ったのか。1905年に出来たロータリー、最初は奉仕の概念は

なく、「親睦」のロータリーでした。1906年になり「奉仕の概念」が芽生えます。1907年

ポールは会長になり、奉仕を親睦の上にあるものと考え、奉仕の大切さを説きました。

その結果、ほとんどの会員から理解が得られず、シカゴクラブの親睦が崩壊してしまったのです。

その時、ポールは親睦と奉仕は同じレベルで大切なものであることを悟ったのです。

「ロータリーとは寛容である、親睦も大切だが奉仕も大切、奉仕も大切だが親睦も大切。

 ロータリアンは 寛容の心を持つことが大切である。自分の考えを相手に押し付けては

 いけない。このような世界にあるのがロータリーである」 これがポール・ハリスの

ロータリー論です。

わてらロータリアンは110年たった今でもこの精神を自覚しなければ いけないとつくづく思う・・・
 
 
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