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Re: 情報僻地

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年10月19日(木)14時40分41秒
返信・引用
  > No.6794[元記事へ]

RONさんへのお返事です。

> 「こちらの地域は、我が社かLTEかのいずれかしかありません。」
>
> 10年経ってもネット環境はさほど変わってなかった。
> この御時勢ネットは必要だし、選択の余地はない。
>
> ・旧インターネット会社への解約手続き
> ・旧機器の取り外し工事
> ・新インターネット会社との契約
> ・新インターネット工事
>
> 色々とやらねばならないらしい。
> しかも、新インターネット会社も順次エリア拡張するとかで2年程の移行期間を設けるとか。
> 何らや面倒だ。
>

 情報社会と言いながら不公平ですね!
 「情報僻地の解消」を公約する政党がでてこないのかな???
 

情報僻地

 投稿者:RON  投稿日:2017年10月19日(木)13時21分38秒
返信・引用
  契約しているケーブルテレビが別のケーブルテレビに業務譲渡するとかの案内が届き、住民説明会に行ってきた。
寝耳に水の話だったが、どうやら昨年秋に業務譲渡の説明会があったらしい。
昨年は義父のことで手一杯で全く気づかぬうちに話が進んでいた様だ。

テレビは今までの契約内容で継続できるのだが、インターネット事業は終了するのでテレビとは別に新たな会社と契約しなければならないらしい。

元々ネット環境最悪だった所に(NTTの電話回線を通じたインターネットのみ:遅い・高い)ケーブルテレビ付随のインターネット光の話が持ち上がり、喜んで契約したのだ。
あれから約10年、現在は昔とは違ってるかと説明会でずうずうしく質問した。

「インターネットは御社以外の選択はできるのですか?」

新しいケーブルテレビ会社の返答は

「こちらの地域は、我が社かLTEかのいずれかしかありません。」

10年経ってもネット環境はさほど変わってなかった。
この御時勢ネットは必要だし、選択の余地はない。

・旧インターネット会社への解約手続き
・旧機器の取り外し工事
・新インターネット会社との契約
・新インターネット工事

色々とやらねばならないらしい。
しかも、新インターネット会社も順次エリア拡張するとかで2年程の移行期間を設けるとか。
何らや面倒だ。
 

月曜日の病院は・・・・

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年10月16日(月)20時08分16秒
返信・引用 編集済
   10時に家をでた。いつもなら10分で病院玄関に着く。しかし、病院前信号の一つ前の信号から、右折車線は約1kmに及ぶ大渋滞。10時30分、一つ前の信号で(て)を降ろす。病院玄関前にたどり着いたのが10時56分、まだ駐車場まで延々と車が続いている。もう限界と(て)に病室から降りてきてもらって帰宅。まあ、Kanadeに大好きなお菓子・カプリコ ミニを、パパ&ママに弁当を届けただけでした。

 抗がん剤投与がなかったので元気。ウンコも浣腸なしで、自力で出たとご機嫌。昨日は車椅子から降りようとしなかったのに今日は自力で歩いて散歩!

 しかし、好中球数が360とさらに下がったので、「再寛解療法」の後半に入るのは延期。多分、1週間は遅れるのではないかと思います。

PS 18日、好中球数が260とさらに下がった。ステロイドと抗生剤が投与されている。

 ママはShionの参観日にでかけ、ジイジとバアバで看る。保育士さんに30分間
遊んで貰うことを頼んでいたが、嫌だと断る。新しい保育士さんでまだ馴染んで
いないのでしょう。
 保育士さんは5年契約の雇用で延長が出来ないらしい。病院の雇用体制もあまり
良いとは言えないようです。

抗生物質と、ステロイドの違い
 抗生物質は細菌を殺す目的で、ステロイドは主に抗炎症作用を利用して投与されます。
 抗生物質は細菌感染に対し広く使用されていますが、ステロイドは自己免疫疾患や、臓器移植後、アレルギーなどいろんな疾患に使用され、どちらかといえば頻度は抗生物質に比べてかなり低いです。
 どちらもそれぞれ特有の副作用があり慎重な投与を怠ると重篤な合併症につながります。
 抗生物質の治療対象は細菌感染と明確ですが、ステロイド投与はその作用のメカニズムが複雑であり、より専門知識を必要とします。


 

13日の金曜日

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年10月14日(土)20時26分20秒
返信・引用 編集済
   クリスチャンではないので関係ないのでしょうが・・・・。

 ややこしい空模様、Shionの「吹田市ジュニア陸上 基礎コース」の
練習の日。雨天中止の案内は通常は当日の17時に出るのですが、でなかった。
ところが練習が始まる18時頃から雨。室内で練習したようですが
雨の中自転車(吹田市立総合運動場-吹田の自宅)で帰ってきたので寒さに
震えていました。茨木に帰ると直ぐに風呂に入れませた

 Kanadeの筋注、なんとかなったらしい。しかし、急に、好中球数が低下
(10日は2260/μL、13日は520)。化学療法にたえるのは大変です。

 14日。入院者の兄弟をケアするための兄弟会。YukieとShionが参加するために
Kanadeのお守りに病院へ。全く元気がなく車椅子にのったまま。歩くとふらつくらしい。
2時間じっくり付き合って、手足が「か細く」なっているのにビックリ。
 頑張れと願うのみ。


こんな記事がありました。

「好中球減少症の検査と診断」
 一般的には末梢血中の好中球数が1500μl未満の状態と定義されますが、
臨床上で易(い)感染性(感染しやすい)を示して問題になるのは、500μl未満の場合です。
 

カリフォルニアの山火事

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年10月13日(金)15時13分33秒
返信・引用
  カリフォルニアの山火事でワインの産地は壊滅的な被害を
受けたらしい。2014年の4月に姉Toshikoと訪れた思い出の場所です。

 詳細は不明ですが、少なくともカリフォルニア・ワイン生産に
大きな功績があった「長沢鼎」の資料を展示している
「Paradise Ridge Byck Family Winery」は被災し「長沢鼎」の資料
は焼失したと、甥のTsutomu君が知らせてくれた。


2014年4月に掲示板に載せた旅行記です。

 サンノゼを8時に出発、9時半にサンタ・ローザ(Santa Rosa)にある Paradise Ridge Byck Family Winery に到着。ここには20世紀初頭、「カリフォルニアのぶどう王」としてその名をとどろかせた日本人長沢鼎(ながさわ・かなえ)についての資料が展示されています。

 ワイナリーのオープンは10時からだったのですが直ぐに中に入れてくれ長沢鼎についての資料を含むパンフレットをくれました。



 薩摩藩英国留学生記念館というのが今年の7月14日に、鹿児島県いちき串木野市に開館します。薩摩藩英国留学生とは、明治維新前夜、元治2年3月22日(1865年4月17日)現在のいちき串木野市 羽島浦から19名(4名は外交使節、15名は留学目的)の若者たちがイギリスへと旅立ちました。

当時の日本はいまだ鎖国中。二度と故郷の地を踏めないかもしれないという覚悟の船出でした。彼らはその後、それぞれに違った人生を歩むことになるのですが、その多くが留学時に ヨーロッパ・アメリカなどで深めた見識や、身に付けた知識を活かし、日本の近代化に貢献しました。長沢鼎はその中の一人でした。


 (http://sea.ap.teacup.com/applet/satsuma-student/msgcate3/archive




Paradise Ridge Byck Family Winery









長沢鼎(ながさわ・かなえ)の資料







ワインの試飲をしました。試飲はどこも1人10ドルから

15ドルですが、ボトルを買うと試飲代は無料になります。






 

アケボノソウ

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年10月10日(火)13時31分58秒
返信・引用 編集済
  箕面のアケボノソウが咲き出しました。

9日、Kanadeと病院の庭で遊びました。
10日は筋注があり、彼女にとっては一番しんどい日です。頑張れ!

11日、12日 Kanadeはしんどいらしく、機嫌が悪い。バアバは帰れだって!
 筋注の跡がアレルギー反応で赤くなっている。3箇所、全部です。

 救いは血液検査の結果が良いことです。

 








 

終活って?

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年10月 9日(月)19時53分46秒
返信・引用 編集済
  3連休、NHKの再放送をたくさん見てしまいました。

 葛飾北斎関連は全部や山関連のいくつか、まあこれらは「教養あるいは趣味の世界」の話なので気楽に見ましたが、

昨日の「ありのままの最期 末期がんの“看取(みと)り医師” 死までの450日」はしんどかった!

(NHKのHPより)
番組内容: 1000人を超える患者の死を看取ってきた医師が、がんで余命わずかと宣告された。看取(みと)りのプロが体現する「理想の死」とは?亡くなるまでの450日間に密着。
詳細: 始まりは2年前の12月。末期のすい臓がんで余命わずかと宣告された医師がいると聞き、取材に向かった。田中雅博さん(当時69)。医師として、僧侶として終末期の患者に穏やかな死を迎えさせてきた「看取りのスペシャリスト」だ。これまで千人以上を看取った田中さんの「究極の理想の死」を記録しようと始めた撮影。しかし、次々と想定外の出来事が…。看取りのスペシャリストが見せてくれたありのままの最期、450日の記録。

 田中雅博氏の話でした。感銘を受けた著書から、死への恐怖に打ち勝った見事な死に様を期待していましたが、そうではなく、無様な死に様でした。でもそれを最後までテレビ取材を許容した覚悟に頭が下がります。

 改めて、姉・前田敏子は頑張ったのだと涙が止まりません。





以下は、この再放送を見る前に書いた掲示板記事の再録です。

田中雅博氏のご逝去

投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 3月25日(土)09時30分42秒

 田中雅博氏のご逝去を新聞で知った。70歳。
 昨年、Toshiko姉を勇気づけるヒントが得られるかも知れないと氏の2冊の著作を読んでいる。今、「軽やかに余命を生きる」を読み直した。前回はToshiko姉を励ます何かを探す読み方だった。姉も田中氏も亡くなった今、読み直し、膵臓癌のステージ4bと分かってから、二人とも見事な生き様だったと改めて感動する。
 きっと氏は最後まで「死もまた楽し」と感じておられたのだろうと。冥福を祈ります。

(朝日新聞DIGITAL http://www.asahi.com/articles/ASK3Q2V23K3QUCLV002.html)

内科医・住職の田中雅博さん死去
2017年3月22日22時54分

 田中雅博さん(たなか・まさひろ=内科医、西明寺住職)が21日、膵臓(すいぞう)がんで死去、70歳。西明寺は栃木県益子町益子4469。25日に近親者だけで密葬を行う。

 東京慈恵会医科大卒。74年、国立がんセンター(当時)に入り、内分泌部治療研究室長などを務めた。寺を継ぐため83年に退職。住職のかたわら90年、緩和ケアも行う普門院診療所を境内に建設した。

 宗教者が、死期が近い患者らの心の奥の苦しみに対応する必要性を80年代から提言。ローマ法王が呼び掛けた国際会議にも4度招かれた。14年に自らに進行性のがんが見つかってからも、患者らのケアにかかわる宗教者の育成に努め、昨年結成された「日本臨床宗教師会」の顧問も務めた。著書に「がんで死ぬのは怖くない」など。

(TN&TNの掲示板から再掲)
田中雅博の本

投稿日:2016年 7月25日(月)09時18分44秒

『命の苦しみは消える』、小学館、2016年3月21日
『軽やかに余命を生きる』、KADOKAWA、2016年5月31日

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
田中/雅博
昭和21年3月坂東第二十番札所の益子西明寺に生まれる。昭和45年3月東京慈恵会医科大学卒業。昭和49年1月国立がんセンター研究所研究員、同病院内科医師を併任。昭和50年4月同内分泌治療研究室長。昭和58年3月がんセンターを退職。4月大正大学仏教学部3年に編入、7年後に大学院博士課程満期退学。平成2年2月西明寺境内に普門院診療所建設。現在、西明寺住職、(医)普門院診療所内科医師、介護保健施設看清坊、在宅介護支援センター金蓮坊、金蓮坊訪問看護ステーション、およびグループホーム能羅坊の運営に携わっている(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)。

 2014年10月、極めて深刻な段階(ステージ4b)の膵臓(すいぞう)がんが見つかった。手術したが、今度は肝臓に転移した。2015年12月に朝日のインタビュー記事に、「抗がん剤の副作用がひどくなっています。特に手足のしびれ。茶わんを落としたり、つまずいたりします。もう副作用の限界ですから、抗がん剤は効果を期待できる量が使えずにいます。検査結果やデータから、来年(2016年)3月の誕生日を迎えられる確率は非常に小さい。もう少しで死ぬという事実を直視しています」とでている。

 3月の誕生日も無事乗り越え多数の本を出版し今も活躍されている。7月18日の解説記事(http://www.excite.co.jp/News/column_g/20160718/Postseven_428961.html?_p=3


 膵臓癌で闘病中の鹿児島の姉になにか役立つ情報を得たいと上の2冊を買い求めた。2冊とも医療に「いのちのケア」の専門家の必要性を訴える本だった。癌患者が求めるものとは若干のズレを感じる。本当に知りたかったのは、著者自身がどのように死を受け入れ安らかに余命を生きるかについての解説だったのですが無い物ねだりだったようです。


上にも紹介した朝日の記事からの抜粋。

――僧として、医師として、ずっと「死」の問題を考えてこられました。自身の死は怖くない、とおっしゃるのかと。

 「そんなことはありません。生きていられるのなら、生きていたいと思いますよ。私には、あの世があるかどうかは分かりません。自分のいのちがなくなるというのは……。やはり苦しみを感じますね。いわば『いのちの苦』です。自分というこだわりを捨てる仏教の生き方を理想とし、努力をしてきました。生存への渇望もなくなれば死は怖くないはずです。ただ、こだわらないというのは簡単ではありません」

 「かといって死んでしまいたいとも思わない。生きられるいのちは粗末にしたくありません。一方で、自分のいのちにこだわらないようにする。そのふたつの間で、『いのちの苦』をコントロールしているわけです。死の恐怖や不安と闘うというよりは、仲良くしようとしている感じでしょうか」

――いのちのケアとは?

 「欧米では、病院に配置された聖職者がスピリチュアルケアに携わっていることが多いですね。自分の宗教や考えは押し付けません。患者の話を聞くことに徹し、いのちがなくなる苦しみを分かち合おうと努めます。どんな人生であったとしても肯定し、価値を見いだしてもらえるよう促す。人間の尊厳にかかわる仕事です」

 

10月8日

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年10月 8日(日)15時37分4秒
返信・引用 編集済
  10月8日(日)晴れ

 私たちの44回目の結婚記念日。
 いまさらですがワインを飲みましょう。
 PekoさんとMT君の誕生日(?)

 Kanadeは「再寛解導入療法」の1週目が終わりました。ステロイド系のデカドロンを毎日3回内服するのが大変なのですが、家でもなんとか飲めるだろうと、昨日、外泊許可をもらい14時に自宅に戻りました。今日、20時に病院に戻ります。明日はDaichiが病院でKanadeを看る予定。

 コシオガマが咲いているのでは? 咲いていました。
 ゲンノショウコが真っ盛り、田んぼのあぜのあちこちに群集して咲いていました。
 秋の花も早足で通りすぎて行くようです。
 キンモクセイが香り出しました。

 

コシオガマギク






ゲンノショウコ



ツリフネソウ



サクラタデ



シロバナサクラタデ



ヤクシソウ



シロヨメナ



ベニバナボロギク



キンモクセイ





 

再寛解導入療法

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年10月 5日(木)11時17分35秒
返信・引用
  今回の「再寛解導入療法」は、5月に実施されたのと同じことが繰り返されるようです。

5日(水)のKanadeは病室を出られないので元気がなく、食欲もない。
しかし、なんとなく前回よりは雰囲気が明るいような気がする。


前半の今週と来週に投与される薬は以下のものです。

デキサメタゾン(商品名 デカドロン)  毎日、内服
 「ステロイド系抗炎症薬」の1つ。
 がん細胞をアポトーシス(自死)に導く作用もあることから、「プレドニゾロン」と同様、白血病などの血液腫瘍に対しても使われている薬。デキサメタゾンは、プレドニゾロンと比べて体内で長く作用するとされている。
 小児の急性リンパ芽球性白血病(ALL)では、寛解導入療法としてデキサメタゾンを投与することで、再発率を3分の1にまで減らせるとの研究結果も報告されている。

ビンクリスチン(商品名 オンコビン) 火曜日に15分点滴
 ニチニチソウに含まれる成分から生まれた抗がん剤。細胞分裂の際に、染色体を新しい細胞に移す役目をする微小管の働きを阻害することで、抗腫瘍効果を発揮する。
 他剤との併用によりさまざまながん治療に用いられており、とくに小児がんでは、最もよく使用されている薬のひとつとなっている。

ピラルビシン(商品名 ピノルビン、テラルビシン) 火曜日に1時間点滴
 適応となるがん 頭頚部がん、乳がん、胃がん、膀胱がん、腎盂がん、尿管がん、子宮がん、急性白血病、悪性リンパ腫。

L-アスパラギナーゼ(商品名 ロイナーゼ) 火、金曜日に筋注
薬の効果・効能 アスパラギンの分解による、急性白血病と悪性リンパ腫の治療
適応されるがんの種類 急性白血病(慢性白血病の急性転化含む)・悪性リンパ腫
 L-アスパラギナーゼは、「抗がん性抗生物質」に分類される抗がん剤の1つ。
 主に急性白血病の寛解導入療法(初期治療)として投与されており、ビンクリスチンやシクロホスファミド、プレドニゾロンなどと併用することが一般的。特に小児に多い急性リンパ性白血病の治療においては重要な役割を担っている。
 

母の13回忌

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年10月 3日(火)19時51分28秒
返信・引用 編集済
  2017年10月3日(火)曇り後晴れ
 5時起床、いつものように新聞を読み、WEBをチェック。
 ゴミ出し(ビン)、テレビ体操、朝食。

8:30 Kanadeを病院に戻すために吹田に迎えに(9:00)-Kanade、Yukie&Daichiと病院(9:00)、Daichiと帰宅(9:15)。9:50 アルプラで買い物。

10:30 予定通りに成就寺さんにきていただき「中島はまの13回忌法要」。
 Kanadeの入院を口実に、身内だけで。TN&TN、Daichiと妹夫婦だけ。それなりに母を偲びました。
 Daichiは昼食後、仕事に。私たちと妹夫婦で墓参り。どなたかがビールを供えて下さっていた。達志の友人かな?
 妹夫婦を阪急茨木駅まで送る。

3:20 Yukieの簡易ベッドを持って病院へ。風呂あがりのKanadeはご機嫌だったが、今日はいきなり筋注でロイナーゼが投与されたという。5人がかりで大騒ぎだったらしい。正に「再寛解導入療法」の開始です。内服(1)、点滴(2)で他の抗がん剤3種が投与されました。

(PS 夕方から薬の影響かしんどいらしい、食欲はまったくないと電話あり)

そのままShionを迎えに吹田へ。
5:00 帰宅。

 またShionとの生活が始まりました。

 疲れました!

 
 

kanadeの再入院

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年10月 3日(火)07時16分16秒
返信・引用 編集済
  2017年9月2日 雨
 Kanadenの再入院。2回目の「再寛解導入療法」を受けるためです。

 9時半に吹田の家に迎えに行く。既に、Daichiが荷物を(3階から)下に降ろしていたので直ぐに車に積む。トランクと助手席に満杯。入院を嫌がるのではと心配していたKanadeは意外に元気。車中で機嫌良く歌を歌い、保育士のFukuharaさんに逢えるのを楽しみにしていた。
 10時に入院手続きの予定が、阪大病院への道路は、月初め、月曜日、雨が重なったためかモノレール「阪大前駅」の少し前から大渋滞。阪大前交差点の信号が変わっても2,3台しか前に進めないほどの大渋滞。やっとの思いで入院者用の玄関口に着いたがここも駐車スペースは満杯。荷物を降ろしたらすぐに普通の駐車場に移るように指導され横隅の空きスペースに。

 病棟のKanadeは人気者、病院スタッフや患者仲間が歓迎してくれ嬉しそう。多くの人に「大きくなったね」と声をかけられていた。3ヶ月足らずの期間でいつも見ている私たちには分かりません。

 今日はまだ治療が始まらないというので、早速、外泊許可を頼んでいた。その結果はまだ不明だったが、TNは明日の「母の13回忌の法事」の準備のため11時に帰宅、(て)と買い物に。

 外泊許可が出たというので、2時に病院に迎えに行き、吹田まで送る。13日は朝、9時に病院に戻るという。
 

Re: 月下美人

 投稿者:RON  投稿日:2017年10月 2日(月)12時39分23秒
返信・引用
  > No.6783[元記事へ]

>  豪華な花ですね。
>   年に何回か咲くのですか? 1回だけと思い込んでいました。
>

いくつか鉢があるので順に咲くみたいです。
1鉢は巨大になりすぎて、高さ3mぐらい、冬にリビングに入れるのですが、天井に届いてます。
毎冬リビングの一角を占める月下美人は我が家では通常の風景です。

今回リビングに入れた月下美人の花芽の残り2つは昨夜そろって咲きました。
他の鉢も花芽は無い様なので今年の見納めとなりました。 
 

Re: 月下美人

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 9月29日(金)18時49分36秒
返信・引用 編集済
  > No.6782[元記事へ]

RONさんへのお返事です。

> 我が家の月下美人が咲きました。
>
> もっとも今年何回目かだそうですが、
> 家の裏側に鉢を置いてあり、咲いていたのに気づかなかった(旦那以外は)。
>
> 手ごろな大きさの鉢に花芽が付いたので、リビングに移動させて今か今かと待つこと1日。
> 最初の1つが見事に咲きました。
>
> 毎年見ているが、やはり咲くと嬉しく子供とプチ撮影会。
>
> まだ2つ花芽があるので、もうしばらくリビングの一角に居ることになります。


 豪華な花ですね。
  年に何回か咲くのですか? 1回だけと思い込んでいました。
  
 

月下美人

 投稿者:RON  投稿日:2017年 9月29日(金)12時47分55秒
返信・引用
  我が家の月下美人が咲きました。

もっとも今年何回目かだそうですが、
家の裏側に鉢を置いてあり、咲いていたのに気づかなかった(旦那以外は)。

手ごろな大きさの鉢に花芽が付いたので、リビングに移動させて今か今かと待つこと1日。
最初の1つが見事に咲きました。

毎年見ているが、やはり咲くと嬉しく子供とプチ撮影会。

まだ2つ花芽があるので、もうしばらくリビングの一角に居ることになります。
 

衆議院選挙

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 9月29日(金)06時15分20秒
返信・引用 編集済
  派手な展開に、マスコミは、はしゃいでいますが、ばからしくて
ニュースをみたくない気分です。
 小池がでてきて、安保法制で「踏み絵」だって。意地をみせて
欲しいな、リベラル派!
 

Re: アケボノソウ

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 9月28日(木)08時03分17秒
返信・引用 編集済
  > No.6779[元記事へ]

pekoさんへのお返事です。

>  おはようございます。
> 雨です。のんびりの一日となることでしょう。
>
>  近場の山で、アケボノソウに出会いました。♪
>


おはようございます。今朝も、雨が残っています。

 昨日は月に土星が一番近づく日というので期待していたのに雨でした。
 今日、月と土星が見えるでしょうか?

アケボノソウ、出逢うと嬉しい花ですね。箕面、茨木はまだです。
写真、綺麗です! ありがとう。
 

アケボノソウ

 投稿者:peko  投稿日:2017年 9月27日(水)09時22分48秒
返信・引用
   おはようございます。
雨です。のんびりの一日となることでしょう。

 近場の山で、アケボノソウに出会いました。♪

 

秋ですね

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 9月25日(月)16時58分39秒
返信・引用 編集済
  9月25日(月)晴れ
 政治の世界は慌ただしくみっともなく動いています。総選挙で何かがよくなるのでしょうか。
 大義って? 選挙に勝ちたいだけ。右よりの保守・改憲派ばかり。まるで尊皇攘夷と騒いでいた幕末みたい(たてまえは攘夷、本音は開国で倒幕)。


 茨木の野原はすっかり秋でした!

 

ヒガンバナ






ツリフネソウ



チカラシバ



ススキ



ノコンギク



ゲンノショウコ
茨木は赤ばかりだったのかな?



イヌタデ



タマスダレ



クモの巣に百帯(隠れ帯)が・・・




 

ふぉん・しいほるとの娘

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 9月24日(日)15時42分10秒
返信・引用 編集済
  「ふぉん・しいほるとの娘 上下」
 吉村昭、新潮文庫、1993年

 上下共に600頁を超えて、吉村作品では最長の歴史小説。
 シーボルト関係者に焦点を絞ってはいるが、その時代背景を丹念に描き出す。それも極めて客観的に、陽も陰も隠すことなく淡々と。読んでいる内に吉村が書いているのだから事実なんだろうと思い込まされる魔力がある。

よくまとめられた読書案内があったので、そのままコピペ。

------------------
http://blog.livedoor.jp/ysmra/archives/17728845.html

『ふぉん・しいほるとの娘』
吉村昭の数ある小説のうちの最長編作品。長崎を主たる舞台に、宇和島も重要なポイントとして登場する。

タイトルのとおり、主人公は江戸時代に長崎にやってきた医師・シーボルトと遊女(お滝)との間に生まれた娘・楠本イネ(お稲)。彼女は、日本初の女医としても知られている。

作品は、1823年のシーボルト来日から始まり、前半はシーボルト(鎖国下の日本にやってきたスパイ的な人物という色合いを出した描写になっている)とお滝を軸に展開。後半、成長したお稲を中心として話が進んでいく。

母娘2代の生涯を丹念に追った大河小説の趣。シーボルトの子であるがゆえに、特異な人生を歩む事になった主人公の、長く変化の多い人生を、読者はこの本を読みながらたどってゆく事になる。

鎖国時代の長崎や幕政の様子、諸外国が日本に押し寄せる幕末期。時代は明治へと入り、社会は急速な変化を遂げる。
また、シーボルトを始めとして、彼女達の周りには様々な人物が現れる。大村益次郎、伊達宗城(宇和島藩主)、福沢諭吉、医学界の著名な人物達・・。

作者は、主人公を描くだけではなく、その時々の社会・政治状況や彼女の身の回りに起こった大小様々な事件、そしていろいろな人達のプロフィール的なことを、(少しばかり横道にもそれながら)作中に散りばめることで、彼女達が生きた時代の流れをも巧みに描き出しているのである。

読み終えて、ずっしりとした充実感の残る一作。

--------------------

 シーボルトの陽も陰も淡々と描き出す。それによってシーボルトの実像が鮮明になってくる。りっぱな医者であり、自然科学者だった。しかし自己顕示欲の強い策略家だった。色惚けのバカ親父だった。
 今、シーボルトが好きか嫌いかと問われれば、嫌いです。

 イネ、シーボルトの娘であるが故に、女産科医への道を歩む。シーボルトの弟子の何人かや村田蔵六からオランダ語を学んでいる。医学書は読める、しかし、オランダ語をほとんど話せないし、手紙などは全く書けない。なぜ?と不思議な気持ちになる。あの時代の日本(?)女性の遠慮深さからなのだろうか、シーボルトの息子達は日本語も英語も使いこなす。


  司馬遼太郎、朝井まかての本と比べながら読んだ。吉村の時代背景説明は幅広く客観的で流石だなと納得する。司馬のは主テーマを補足するために司馬が主観的に選択したものについてだけ説明する。例えば幕軍討伐に村田蔵六は、西郷・大久保・木戸についで4番目に軍功を賞され永世禄高1500石を下賜されたと、吉村も司馬も書く。しかし、戊辰戦争で東北諸藩がまとまって薩長に最後まで抵抗した原因として、長州藩出身の世良修蔵への反感があったことを淡々と吉村は書く。吉村の歴史観の公正さが嬉しい。
  朝井まかての独創性は一点突破で単純、それがすがすがしい。シーボルトの自然科学者としての素晴らしさだけを強調していた。



 

アケビやナンバンキセル

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 9月21日(木)17時04分54秒
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  9月21日(木)晴れ
 箕面へ。「EXPO みのお記念の森」に9時15分に着きました。開門時間は9時半ということになっているのですが、開門作業のシルバーセンターの人が私たちと同時に着いたので直ぐに入場できました。一番だ!と思っていたのに鳥見の人がすでに入場していました。歩いてでしょうか?
 鳥も花も収穫無し。期待したナンバンキセルには今日も逢えずでした。散歩しただけになりました。

 箕面川ダム周遊道のアケビの実は鈴なりでしたが、どれもまだまだ緑色で小さい物ばかりのように思えたのに、すでに開いているものも幾つかありました。道には猿(?)が食い散らしたような残骸があちこちに散らばっていました。

 ビジターセンターの野草園のナンバンキセルが増えていたので良しとしましょう。



 

アケビ






ナンバンキセル






ヤマボウシ



ヒヨドリバナ



ヤマジノホトトギス



カマキリ




 

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