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いのち

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 2月26日(月)05時50分50秒
返信・引用
  「いのち」
瀬戸内寂聴、講談社、2017年12月

 瀬戸内寂聴は、恋多き人で行動力があり、出家してそれなりに悟るところがある人。明るく人を暖かく包み込むような魅力的な人柄、大病を乗り越え90歳を越えても元気に生きている女性。というのがこの本を読むまでの私の瀬戸内観でした。しかし、まったく予期しない読後感になりました。

 「いのち」は月刊誌「群像」に、休載をはさみながら昨年4月号~今年7月号に掲載されました。長い入院生活を終えたときの主人公の心境から始まる自伝的小説。親交のあった女性作家2人(大庭みな子と河野多恵子)の思い出を中心に、自らの老いに向き合いながら命を見つめています。

 まず、90歳を越えても元気というように見せてはいるが、大病の後の苦痛は大変なんだと、今更ながら「長生き」とはなんだと考えさせられました。

 瀬戸内たち女性作家の情念の深さに圧倒されました。私にはとうてい理解出来ません。悟りを開いた人と思っていた瀬戸内でしたが、こんな情念の深い人が悟りを開けるはずがないと思います。それでも爽やかに生きているようにみえるのは???

 重苦しくしんどい本でした。


(講談社)大病を乗り越え、命の火を燃やして書き上げた、95歳、最後の長篇小説。
ガンの摘出手術と長い入院生活を終えた私は、秘書のモナに付き添われ、寝たきりのままで退院した。収まらない痛みに耐える日々、脳裏に甦るのは、これまでの人生で出会った男たち、そして筆を競った友の「死に様」だった――。ただ一筋に小説への愛と修羅を生きた女の、鮮烈な「いのち」を描き尽くす、渾身の感動作。

瀬戸内 寂聴(せとうち・じゃくちょう)
 1922年、徳島生まれ。東京女子大学卒。1957年に「女子大生・曲愛玲」で新潮社同人雑誌賞、1961年『田村俊子』で田村俊子賞、1963年『夏の終り』で女流文学賞を受賞。1973年に平泉中尊寺で得度、法名寂聴となる(旧名晴美)。1992年『花に問え』で谷崎潤一郎賞、1996年『白道』で芸術選奨、2001年『場所』で野間文芸賞、2011年『風景』で泉鏡花文学賞受賞。1998年に『源氏物語』現代語訳を完訳。ほかの著書に『釈迦』『月の輪草子』『死に支度』『わかれ』『求愛』など多数。
 

六甲高山植物園

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 2月24日(土)17時25分6秒
返信・引用 編集済
   六甲高山植物園に行ってきました。冬季休業中、6日間の「特別開園」があり、今日が今季初の開園日でした。10時開園で9時20分に着き、早すぎるかなと思っていたのに、入園待ちの行列が出来ていました。

 カレンダープレゼント、バイカオウレンの苗プレゼント、豚汁の振る舞いなどがあり、それなりの人気があるのでしょう。豚汁は具がたくさん入っていて美味しかったです。明日もあるそうです。

 池には氷が張っているし雪も残る植物園はまだまだ寒く、期待した春の花はまだまだ少なく、なーんだと拍子抜け。ちょっと慌てすぎた感じです。

 多数咲いていたのはバイカオウレンだけでした。他は蕾や咲き始めで数は極めて少数でした。

 

バイカオウレン







フクジュソウ




ザゼンソウ



ユキワリイチゲ




セツブンソウ





マンサク
上は植物園、下は六甲山最高峰付近







植物園内の池



????(名前が分かりません)





 

モズのペア

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 2月23日(金)14時59分11秒
返信・引用
   オリンピック、実力を出し切っても、相手がさらに良ければ負ける。宮原、坂本は素晴らしい演技でした。ご苦労様!

 梅が咲きだし、鳥たちもはしゃいでいるようにみえます。
 モズがペアで遊んでいました。イカルもいました。

 

モズ










イカル

























 

春の気配が・・・・

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 2月22日(木)14時26分8秒
返信・引用
   いつもの散歩コース、鳥はいつものジョウビタキやメジロだけ。
 草花は早くも春の気配。

 

ジョウビタキ







ヒヨドリ




メジロ







ツグミ





オオイヌノフグリ




ヒメオドリコソウ



ホトケノザ



ヒュウガミズキ





 

Re: 仕事復帰

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 2月20日(火)06時56分54秒
返信・引用
  > No.6865[元記事へ]

RONさんへのお返事です。

> 右足首脱臼骨折の長い入院生活から脱し、本日より仕事に復帰しました。
> が、予期せぬ大雪で自宅に入るのも踏み固められた雪を乗り越えることに。
> 病院内の平らな床しか歩いたことがなく、やはり足に負担がかかったらしく右膝が痛くなってしまった。
> 右膝が痛くて骨折した右足首のリハビリもままならず、入院中の方がよく動いていた始末。
> それでも、落ちた筋肉や骨は使わなければ戻らないので、
> 「返って仕事した方が否応なしに動くから良いのでは?」
> という医師の勧めもあり復帰しました。
>
> まあ、「これ以上休むなら人を雇わなければ」と言われ、失業の危機でもあったのだが。
> それでも、週2回のリハビリが必要なので、そこはまだ職場に迷惑をかけていることになるが。

退院&仕事復帰、おめでとう!

長かったね。よく乗り切りました。ご苦労様。

久しぶりに雪道を歩き、RONさんは大丈夫かなと心配していました。
リハビリは頑張ってください!
 

福井へ

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 2月19日(月)13時46分13秒
返信・引用 編集済
    2月18日(日)15時から地学教室の卒論発表会があったので、17日に福井に出かけました。天気予報では北陸地方は大雪になるかも知れないというので心配でしたが、雪はほとんど降りませんでした。ただ、行きの湖西線は強風のためサンダーバードは琵琶湖線の米原経由になりました。かなり遠回りになるので福井到着は40分遅れました。

 18時からAU、FO、JFさんたちと「たな香」で呑む約束の時間には間に合いました。楽しい呑み会であっという間に22時になったので、タクシーでホテル・フジタに。

 記録的な大雪の後でしたが、福井市内は想像していたよりは除雪が進んでいるように見えました。

 

今庄付近




ホテルから






 18日、JF君がホテルに迎えに来てくれ、朝倉遺跡に。武家屋敷前の駐車場は除雪されていました。庭園へ道路の除雪もかなり進んでいました。

 朝倉遺跡の雪景色は初めてのような気がします。こな雪が舞いなかなか情緒のある景色でした。ここでマンサクに気付いたのは初めてです。


朝倉遺跡



















 昼食は宿布屋さんの「おろしそば」、久しぶりですが私たち二人を覚えてくれていました。いつもの懐かしい味でした。













 卒論発表会、学生達はよく頑張っていました。一生懸命やっているのをみるのは嬉しいものです。

 帰路のJRやバスは極めて順調でした。
 

仕事復帰

 投稿者:RON  投稿日:2018年 2月19日(月)12時57分24秒
返信・引用
  右足首脱臼骨折の長い入院生活から脱し、本日より仕事に復帰しました。
が、予期せぬ大雪で自宅に入るのも踏み固められた雪を乗り越えることに。
病院内の平らな床しか歩いたことがなく、やはり足に負担がかかったらしく右膝が痛くなってしまった。
右膝が痛くて骨折した右足首のリハビリもままならず、入院中の方がよく動いていた始末。
それでも、落ちた筋肉や骨は使わなければ戻らないので、
「返って仕事した方が否応なしに動くから良いのでは?」
という医師の勧めもあり復帰しました。

まあ、「これ以上休むなら人を雇わなければ」と言われ、失業の危機でもあったのだが。
それでも、週2回のリハビリが必要なので、そこはまだ職場に迷惑をかけていることになるが。
 

水はみどろの宮

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 2月15日(木)08時49分52秒
返信・引用 編集済
  「水はみどろの宮」
石牟礼道子、河出書房新社、日本文学全集24 247~407頁、2015年

(初出版は石牟礼道子、水はみどろの宮、平凡社、1997年。
 2016年3月に福音館で文庫本として出版されている )

 石牟礼を意識しなければ、優れたファンタジー作品として、ジプリのアニメを観たあとのような心地よい感動が味わえる素晴らしい作品ということになるでしょう。

 7歳の少女「お葉」は両親を亡くし、渡し船の船頭の祖父に育てられています。同年代の子供達からは疎外され「椿の海の記」の石牟礼自身と同じように「孤独」です。そして、山犬らんや千年狐のごんの守、片目の黒猫おノンに導かれ異界(=霊界)と人間界を行き来します。

 この物語は素晴らしく視覚に訴えてきます。描写される場面が直ちに目に浮かびます。セリ、ヨメナ、ヨモギ、桜、藤、菖蒲、山葡萄、椎、梅鉢草、千振・・・・・、と季節に応じた吃驚するほど多数の草花が咲き誇り、実がなります。この作者の自然観察眼は凄いなと思います。

 異界(=霊界)での神々への「お唱え言」はまるで詩のような台詞です。テンポがありリズムがあります。神々の声まできこえてくるような感じがします。山の音、川の音も、きこえてくるようです。


 石牟礼作品の受け止め方は人によって様々でそれを知るのも面白い。今回も毎日新聞の米本記者のが面白かった。
 「『水はみどろの宮』のヒロインお葉らが地震に遭遇するシーン。その場にいて五感全開の実況さながらである。今回の熊本地震の経験を文字にしたのだと言われたら納得してしまいそうだ。20年以上前の文章であることに読者は驚かねばならない。
 父母を亡くした7歳のお葉は祖父の千代松と暮らす。祖父は川の渡しを生業とする。世間になじめないお葉は、山犬らん、白狐(しろぎつね)のごんの守(かみ)、片耳の黒猫おノンらと仲良くなる。時代は江戸後期であるが、お葉とその仲間らは、現実と記憶との往復を実に頻繁に繰り返すので、古代であり、中生代(恐竜時代)の話ともなっている。」

 私は恐竜が出てきたところだけは興ざめでした。自分の常識が邪魔をして流石のファンタジーも・・・・。

 まだまだ石牟礼作品から離れられそうもありません。
 

椿の海の記

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 2月13日(火)11時19分41秒
返信・引用 編集済
  「椿の海の記」
石牟礼道子、河出書房新社、日本文学全集24 5~246頁、2015年

(初出版は石牟礼道子、椿の海の記、朝日新聞社、1976年)

 石牟礼道子の4歳頃の話。読み始めると直ぐに石牟礼独特の水俣弁をベースにした詩情豊かでテンポのある文章に引きずり込まれる。いきなり「春の花々があらかた散り敷いてしまうと、大地の深い匂いがむせてくる。海の香りとそれはせめぎあい、不知火海沿岸は朝あけの靄が立つ。朝陽が、そのような靄をこうこうと染め上げながらのぼり出すと、光の奥からやさしい海があらわれる。」と描写されると、この本の主題は、チッソに代表される近代が壊してしまった、前近代の水俣の豊穣な自然、生活、人情を書き留めることなのだろうとかってに想像してしまう。それはそうなんだけれど、読んでいるとなにか違うのです。豊穣な自然の幸と対等に、賴病の家族の生活、淫売婦のことや気が狂っている祖母との日常などについて、4歳女児の鋭い感性がそれらをどう受け止め吸収したかを淡々と描ききっている。これは何を伝えたいのだろうと考えこんでしまいます。

 池澤夏樹は解説に、石牟礼の書く世界は「二項対立ではなく三項併存なのだ。」という。さらに「近代工業社会とその前の農民・漁民の世界、そして世の初めからその外にある異界。石牟礼道子は自分が異界に属する者であることを生まれてまもなく知って、孤立感の中で生きてきた。」と書く。水俣病患者の本音を、自分のものとして語れる秘密は、異界に生きたからだと、「椿の海の記」を読むと納得出来る。

 石牟礼は2月10日に90歳で逝去した。毎日新聞の米本記者は石牟礼の評伝を書いただけあって素晴らしい哀悼の記事を書いている。それを引用する。
 石牟礼は渚に立った「悶え神さん」だった。他人の不幸を自分のことのように感じる人を水俣では悶え神さんという。・・・・・しかし、「悶え神さん」の資質だけでは、石牟礼さんの書くものは通常のノンフィクションのレベルにとどまっただろう。幼い頃から貧困や狂気と接し、この世から疎外されているような絶対的孤独を抱え持ち、3度も自殺未遂し、生と死を行き来したことが、作品のスケールを大きくした。
 米本はまた、「前近代と近代、生と死、人工と自然ーそれらのはざまで、リアルかつ夢幻的な文学を紡ぎ出していったのだ。」と書く。「椿の海の記」はそれを実感できる作品でした。

 石牟礼の年表をみると、1971年に「苦海浄土」第三章英訳されるとある。1989年に「苦海浄土」の全英訳出版、1995年にドイツ語訳出版と。石牟礼のあの独特で夢幻的な文章が英語やドイツ語に翻訳できるものなのかと驚嘆です。
 本物の文学には国境が無いのでしょうか?


 

石牟礼道子さん、死去

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 2月11日(日)09時28分7秒
返信・引用 編集済
  90歳でした。毎日新聞は「人間の極限的惨苦を描破した『苦海浄土』で水俣病を告発し、豊穣な前近代に代わった近代社会の矛盾を問い、自然と共生する人間のあり方を小説や詩歌の主題にすえた作家の石牟礼道子さんが10日午前3時14分、パーキンソン病による急性増悪のため熊本市の介護施設で死去した。・・・・」と、石牟礼道子さんの評伝を出版している米本浩二記者が追悼記事を載せている。

 今年になって「苦海浄土」を初めて読み感激し、今、日本文学全集『石牟礼道子』に収められた「椿の海の記」を読んでいる。

 ご苦労様でした。ご冥福をいのります。
 

鬼界カルデラに溶岩ドーム

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 2月10日(土)11時17分1秒
返信・引用 編集済
  神戸大学の海洋底探査センターが、鬼界カルデラに巨大溶岩ドーム
(直径10km、高さ600m、体積32立方キロ)を確認だって。
 前回の噴火で噴出したアカホヤ火山灰を研究対象にしていたので
やはり気になります。

 17名の連著論文、その中にタレントの滝沢秀明(タッキー)の名も
あるらしい。NHKの番組でカルデラに潜って岩石を採取したらしい。
 これが時代の流れかと・・・・。

(17名連著というのは業績至上主義の今、若い研究者を助けると言う意味で
仕方が無いのかなとは思う。しかし、試料を提供しただけの人へは謝辞で
充分。世間やマスコミ受け狙い???)
 

豪雪

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 2月 9日(金)09時16分46秒
返信・引用 編集済
   福井の大雪は峠をこえたようです。大雪というと、どうしても五六豪雪を思い出します。

 2002年 8月10日(土)の掲示板に「中島達志の思い出6の1 」の中にこの豪雪を書いているので再掲します。



昭和56年(1981年)(達志5歳)

 前年の12月から福井は記録的な大雪に見舞われる。12月24~26日兵庫県の加古川で考古地磁気の試料を採取し,富山大学のKHさんを送って富山へ。北陸自動車道は吹雪,翌日,福井に戻る。この時はまだ富山の方が積雪量は多かった。28日,雪が降り出し,鯖江の宿舎の駐車場から道路までの除雪が9時から12時までかかったが,とにかく脱出成功。茨木に帰り,北陸自動車道は雪のため通行止めのニュースを聞く。

 正月は茨木神社,勝尾寺といつもの平穏な正月。しかし,福井は大雪のニュースに,スパイクタイヤを履いているものの,心配になりチェーンを購入。7日,てみ子と福井へ。雪でスリップして横転したトラックなどに緊張しながら凍りついた道を,朝に出発したのに夕方ようやく宿舎にたどりつく。宿舎前の広場や駐車場は2m近い積雪で接近不能。近所のスーパー石川に無理矢理頼み込み車を1晩だけ除雪されていた駐車場に置かせてもらう。翌日,宿舎周辺や大学周辺の駐車場を探すがなし。仕方がないので,てみ子と茨木に引き返す。結局,1月30日,当時2年生だったN君に手伝ってもらって宿舎の駐車場の除雪をするまで車は茨木に置いたままだった。

 1月10日(土),共通一次試験の監督の為,前日から泊まり込む。雪の中を何時間も歩いて受験場にたどり着く学生のため,大学も早朝から控え室を暖めていた。控え室の存在も知らず試験場が開くまで外で震えながら待つ受験生。全国一斉,同条件での受験が売り物の共通一次ですら雪国という大きなハンディに何の考慮もないことに怒りさえ感じた。11日(日)に試験が終わり鯖江へ戻るとき,大雪になり交通機関は麻痺状態,結局,大学から鯖江の宿舎までの約13kmを歩き通す。4~5時間かかってやっとたどり着いた宿舎には,「宿舎の除雪作業に出られなかったので,ペナルティとして屋上の除雪を4時間やるように」と書かれた紙がドアに貼り付けてあった。情けなくなってその日,酒をあおるようにのみ泥酔した。

 1月17日,福井市の積雪は194cmになった。教育学部屋上の雪下ろしも実施された。雪下ろしをしながらどうせなら2mこえろと何人かが口にした。やけくそだった。この大雪を56(ごう・ろく)豪雪という,38(さん・ぱち)豪雪以来の大雪で,その後,これをこえる雪はない。そして,たいていの雪に驚かなくなった。


 私にとっては豪雪は大きな転機であった。それまで,てみ子に良い職場が有れば家族全員で福井に移るつもりだったが,この雪の中を高齢の母が生活すること,また私たちも歳をとってからの生活は無理だと思えた。単身赴任のままで良いと決めてしまった。
 

福井の雪は・・・

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 2月 8日(木)06時56分14秒
返信・引用
  五六豪雪の積雪量に迫っています。大変だろうなと
当時を思い出しています。

昨日、車が帰ってきました。やれやれです。

今日は(て)の誕生日、ワインでも呑みますか。
 

最後の人

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 2月 6日(火)15時39分13秒
返信・引用 編集済
  「最後の人 詩人 高群逸枝」
石牟礼道子、藤原書店、2012年

 不思議な本です。一度や二度読んでも完全には理解できません。いつもはこれだけ理解出来ないと読むのを放棄してしまうのですが、今回は何か魅せられるものがあり最後までそれも2回も読みました。

 高群逸枝のことを書き残すために、高群の夫・橋本憲三から聞き取ったことを橋本・石牟礼編集で発行していた『高群逸枝雑誌』に1968年から1976年に「最後の人 詩人 高群逸枝」を連載しています。この本の発行が2012年なので36年もの間、単行本にしなかった意味は何なのだろうと気になります。橋本憲三から”奇跡のような時間をいただいたんです。それをひけらかしたくない、と思っておりました。”と控えめに語る石牟礼が好きです。

 石牟礼が高群の「女性の歴史 上」という研究書に出逢い、衝撃的な感銘を受け高群に手紙をだしたことから、高群-橋本-石牟礼の関係がはじまります。妻を天才と信じ、妻のサポートに徹した橋本から、高群について学び理解を深めます。詩人である石牟礼は高群の詩をより深く理解しているようにみえるし、その考え方や行動に自分と同じものを感じているように見えます。橋本も石牟礼に妻と同質の美点を感じ評価しているようです。
 石牟礼は橋本を尊敬し、まるで憧れの恋人のように接します。こういう男の人は出てこないだろうと、いう意味で「最後の人」としたということです。

 37歳での高群&橋本との出逢いは石牟礼の飛躍の発火点になりました。水俣病との闘いの質を深めたように見えます。人の出逢いの不思議を実感します。

 
 

車のない生活

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 2月 5日(月)08時18分22秒
返信・引用
  一週間は車がない生活、近未来には運転免許を返却しなければ
ならなくなる可能性大。その予行演習か・・・

車がないと「歩くしかない」と思うと、余計に歩く
気力が萎える。昨日は一日中、家で過ごしてしまった。


今、石牟礼道子「最後の人」を読んでいる。不思議な本
です。ー詩人 高群逸枝-と副題にあるので最後の人=
高群逸枝と思っていたら、高群の夫・橋本憲三のことだった。

で、最後の人という意味は?
 

悔しい!

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 2月 3日(土)08時34分4秒
返信・引用 編集済
  やってしまいました、自損事故!
まったくこちらの不注意

いろいろあって気が散っていたのでしょう

車両保険で修理することになったので、今回は負担無し
しかし、次の自動車保険料金は高くなってしまいます。

悔しいな!
 

西郷どん!

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 2月 1日(木)11時09分43秒
返信・引用 編集済
  「西郷どん!」並製版 上、中、下
  林真理子、KADOKAWA、2017年11月

 大冊で内容の重たい「苦海浄土」を読んだ後なのでなんと読みやすいことか!3冊あるがそれぞれ180頁たらずなのであっという間に読み終えた。

 きっかけは「大河ドラマの原作」という興味からで、維新の英雄としてあまりにも有名なのに今までに西郷についての本を読んでいないので、まとまったものを一つは読んで見たいと手に取った。

 既読の歴史小説とはかなり感じが違う。一般に歴史物は史実とその背景を詳しく描くが、林はそれらはさらっと流し、登場人物の「思い」に重点を置いている。

 波瀾万丈の西郷の人生だが、他の維新物でも西郷はよく出てくるので、ここで取り上げられた事件は大体知ってはいる。しかし、月照と情を交わしたりなどというような初めて知った事項も幾つかあった。

 西郷は3度結婚している。1度目の妻・須賀とはすぐ離婚、2度目の愛加那は奄美大島での島妻で薩摩には連れて帰れず別れざるをえなかった。3度目の妻・糸子とは亡くなるまで暮らす。林は女性らしく(?)、西郷のそれぞれの夫婦関係を詳述し西郷のそしてその時代の女性観を浮き彫りにしている。

 出てくる歴史上の重要人物はほとんどが想像できる範囲内のキャラクターとして描かれているのが少し物足りない。ただ、五代友厚と西郷の接点は面白かった。

 西郷を温厚で器の大きな好人物ととらえるのは一面的で、目的なためには手段を選ばない冷酷な面も持ち合わせていた。それも避けずに描いていた。

 色々楽しみながら読めました。良い本です。

  しかし、大河ドラマの原作というのは凄いですね。「西郷どん、林真理子」で検索すると本だけの紹介はほとんど無く、大河ドラマとの関連を紹介したものばかりでした。


 

皆既月食

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 2月 1日(木)01時07分46秒
返信・引用 編集済
    雲が出ていましたが、明るいお月様は何とか見えました。
  皆既月食の赤銅色のお月様は雰囲気は分かったのですが
 私の技術では撮せませんでした。

 

2018年1月31日20時




21時09分




21時23分


22時08分 残念ながら手ぶれで・・・




23時48分



23時56分



2018年2月1日0時14分





0時21分



 

ルリビタキ

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 1月31日(水)10時03分31秒
返信・引用
    朝は気持ちよく晴れていたので鳥見に。
 スズメしかいないなと思っていたら
 最後にルリビタキとジョウビタキの雌に出逢いました。

 

ルリビタキ




ジョウビタキ




スズメ



 

今晩の皆既月食

 投稿者:TN&TN  投稿日:2018年 1月31日(水)08時09分4秒
返信・引用
  見たい! しかし天気予報は午後から曇り・・・・
 

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