投稿者
 メール
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]


デュ-クエイセス~62年目コンサート~

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 7月23日(日)10時04分52秒
返信・引用 編集済
   デュ-クエイセス~62年目コンサート~(3500ザ・シンフォニーホール)に行ってきました。年内で活動を終えるというので、最初で最後の生デュ-クエイセスでした。
  全席指定6000円だったのを3500円の優待券を入手しチケットを買い求めたところ2階席でした。この席はトークが聞き取りにくくちょっと残念でした。思ったほど満員では無く少し空席もみられました。
 懐かしい曲が多く楽しいコンサートでした。司会者のいないコンサートで少し物足りない感じがしました。スペシャルゲストの真奈尚子は全く知らないシンガーでしたがマヒナスターズのボーカルだったこともあるそうです。

 デュ-クエイセスと真奈尚子は終了後にホールにでてファンと交流していました。










>


 

2回目の通院

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 7月21日(金)19時44分52秒
返信・引用 編集済
  前回と同じ10時半予約、10時に迎えに行き病院へ。
夏休みに入ったShionも病院に付き合ったのでKanadeは大喜び。
採血は2週間に1回で今日は無し。診察も11時20分に終わる。
会計の済むのを見計らって、11時45分に迎えに行く。

 

シオン

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 7月20日(木)22時11分48秒
返信・引用 編集済
   茨木シネマクラブ(正式名 茨木市民文化の会・シネマクラブ)の最後の事業、「映画音楽の夕べ」に。Osaka Shion Wind Orchestra(シオン: 市音)のコンサートです。会場はいつもは映画を観る茨木市民総合センターのセンターホールです。
 シネマクラブの会員のための事業です。「シオン」を知らない会員も多数混じっていたようです。そのためか満員で入れないのではと心配していたのに、空席が少しありました。

 今年の4月に正指揮者になった西村友の指揮でした。私たちとっては初めての出逢いでした。「ライオンキング」のようなミュージカルの指揮を長年やっていたというだけあって最後のミュージカル映画「シカゴ」からの4曲の演奏指揮は見事でした。

 種々のコンサートで何回も聴く機会のあった「威風堂々」は吹奏楽団(シオン)のがより素晴らしいと思ったのですが、「アメージング・グレース」は管弦楽団の方が聞きやすいなと思いました。

 サクソフォン4重奏というのは初めてです。サクソフォンにテナー・アルト・ソプラノ・バリトンがあるのだと初めて認識しました。ソプラノ・サクソフォンの田端直美はテレビの「題名のない音楽会」で何回か見知っていたので、双眼鏡で一生懸命彼女の演奏を観察しました。

 感動のコンサートでした。










>


 

正解なんて誰も分からないのですが

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 7月19日(水)13時54分19秒
返信・引用
   昨日今日、「老後の人生」について色々考えさせられるニュースや映画にであいました。
 日野原重明さんが105歳でなくなられた。最後まで現役(医師)として活躍されていたことに敬意を表します。安らかにおやすみ下さい。
 砂川啓介さんが80歳で死去、妻の大山のぶ代さんに先立つ無念さを思う。多数の老老介護の問題を抱える人達にとっては他人事ではない人生でした。たた、松居-船越夫婦のみっともなさにうんざりしている今、さわやかな夫婦愛にほっとしたことも事実です。

 茨木シネマクラブが主催する最終の映画会に行ってきました。「人生フルーツ」というドキュメンタリーでした。主人公夫婦のみごとな生き方に感動でした。ここでもまた老後をどう生きるかについていろいろ考えてしまいました。

http://eiga.com/movie/85594/
解説 ニュータウンの一角にある平屋で暮らす建築家夫婦を追ったドキュメンタリー。さまざまな社会問題を取り上げたドキュメンタリー作品を世に送り出している東海テレビによる劇場公開ドキュメンタリーの第10弾。自身が設計を任された名古屋近郊のベッドタウン、高蔵寺ニュータウンに夫婦で50年間暮らす90歳の夫・修一さんと、敷地内の雑木林で育てた野菜や果物で得意の料理を手がける87歳の妻・英子さんの津端夫婦。敗戦から高度成長期を経て、現在に至るまでの津端夫婦の生活から、日本人があきらめてしまった、本当の豊かさを見つめなおす。ナレーションを樹木希林が担当。2016年3月に放送され、第42回放送文化基金賞番組部門最優秀賞受賞したドキュメンタリー番組を劇場版として再編集した。(2016年製作、配給 東海テレビ放送、上映時間 91分)
 

Re: おはようございます

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 7月18日(火)11時54分41秒
返信・引用 編集済
  > No.6723[元記事へ]

pekoさんへのお返事です。

>  クマゼミが暑さを倍増させています。
> 子育てとは違って、孫との接し方も難しいものがありますね。
> 子供たちの育て方を尊重しているつもりですが、昔は・・・とつい思いがちです。
>
>  九州の水害、地震、また水害と心が痛みます。
> また、いかに健康であることの有難みを、考えさせられたりしています。
>
>

このところ九州が集中的に被害に遭っているようなので心配していました。
いつまで続くのでしょう?梅雨明けも間近なのに・・・・

孫はたいへんです。こんなに大変とは!
しかし、泣き言を言っても何も解決しないので。

山にでも行ければ気持ちも晴れるのですが
天気や体力の都合でなかなかでかけられません。

茨木はソクズがいつものように咲き出しました。

 

銀の猫

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 7月18日(火)10時01分12秒
返信・引用 編集済
  「銀の猫」
朝井まかて、文藝春秋、2017年1月

 朝井まかての今年の本。「オール讀物」に連載されていたものをまとめた。
 老齢社会、介護と現代の深刻な問題を江戸時代に移して書いているので、重たい気分にならず最後までよめる。朝井まかてらしい本で安心感がある。



文藝春秋Books(http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163905815

担当編集者より:江戸時代、50歳まで生き延びればたいていの人は長生きで、70,80はざらという長寿社会。憧れの隠居暮らしをする人の一方、衰えて体が利かなくなった人も、その人を抱える家族も大勢いたということ。親の世話に明け暮れて結婚もできないまま自分も年をとっていくひとも多かったわけです。そんな中、本作の主人公は、バツ一で母親と二人暮らしの25歳。気立ての良さと賢さで、老人介抱の仕事のプロとして引っ張りだこです。そんな彼女が日々感じること、仕事先で出会う老人たちの強かさ、大きさ。異常に美人な母親との関係も注目です。

産経ニュース(http://www.sankei.com/life/news/170312/lif1703120024-n1.html)

『銀の猫』朝井まかて著 「毒」もある江戸時代の介護

 これは一言で表せば、江戸時代の介護の小説である。主人公は離婚歴のある25歳のお咲。毒親である母のせいで借金を抱え、その返済と生活のために介抱人という割のいい仕事を、口入屋を通して請け負っている。

 設定が抜群に上手(うま)い。江戸時代の介護--もうこれだけで興味が湧いてくる。ほとんどの現代日本人が人ごとではなく、いずれは直面するだろうとても身近な問題だ。それだけに重くなりがちなテーマだが、本書は、舞台を江戸時代にもっていくことで、生々しさを巧みに回避している。

 人物配置も絶妙だ。出てくる老人たちは曲(くせ)者で、個性豊か。一筋縄でいかない連中だが、みな既視感溢(あふ)れる人々だ。口入屋の夫婦は儲(もう)け話に貪欲で、利にさとい。だからといって人情がまるでないわけでもない。そこに描かれる人間たちは、等身大で誰もが欠点も良いところも持ち合わせ、状況によってはどちらに転ぶかわからない危うさがある。

 主人公も完璧な人間でも、底抜けにいい人でもない。やっとの思いで稼いだ金をくすねて平気な母親に、「おっかさん、お願いだからいなくなって。あたしの前から消えて」と時に願わずにいられぬ切実さの中で生きている。実に人間臭く、たまらなくこの話を魅力的にしている。

婚家でただ一人の理解者だった舅(しゅうと)を、介護の途中で離縁されて看取ることが叶(かな)わなかった。その後悔と、形見となった銀細工の猫を胸に抱くお咲。介護を受けざるを得ない人々の、やるせなさや抵抗や諦め、喜びや覚悟など、様々(さまざま)な心と真摯(しんし)に向き合うことで逆に教えられ、成長するお咲の姿は胸を打つ。

 人の一生が凝縮される命の瀬戸際を描く著者の視線はどこまでも温かだ。介護する側、される側、そのどちらにもそっと寄り添い、押しつけがましさがないのが嬉しい。本書は、テンポよく軽快に読み進めるタイプの話ではない。身につまされるどきりとした言葉を拾いながら、現代とは違う江戸時代の時の流れに身を浸し、ゆっくりと頁を捲(めく)ることをおすすめしたい。(文芸春秋・1600円+税)

 評・秋山香乃(小説家)

 

おはようございます

 投稿者:peko  投稿日:2017年 7月18日(火)09時59分13秒
返信・引用
   クマゼミが暑さを倍増させています。
子育てとは違って、孫との接し方も難しいものがありますね。
子供たちの育て方を尊重しているつもりですが、昔は・・・とつい思いがちです。

 九州の水害、地震、また水害と心が痛みます。
また、いかに健康であることの有難みを、考えさせられたりしています。

 

通院も大変です

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 7月14日(金)19時13分4秒
返信・引用 編集済
  退院してから初めての通院
10時半の予約なので10時に病院へ送っていく。
10時半からは検査のための採血だけで、検査結果が出てからやっと診察。
12時半になってもまだ呼ばれないとLINE。1時半にやっと診察が終わる。
食事や会計などを済ませる頃を見計らって2時半に迎えに行く。
幼児用の抗がん剤の調合は時間がかかって、3時まで待つ。

通院も大変とは聞いてはいました。やはり一日がかりです。

薬はロイケリンを毎日、メトトレキサートを週1で飲みます。
 

墨龍賦

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 7月13日(木)19時04分7秒
返信・引用
  「墨龍賦(ぼくりゅうふ)
葉室麟、PHP研究所、2017年2月

https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-83234-0
内容 建仁寺の「雲龍図」を描いた男・海北友松。武士の子として、滅んだ実家の再興を夢見つつも、絵師として名を馳せた生涯を描く歴史長編。

 遅咲きの著者による50作目の記念すべき小説は、武人の魂を持ち続けた絵師を描く本作『墨龍賦』。
 武士の家に生まれながらも寺に入れられ、絵師になった友松だが、若き明智光秀の側近・斎藤内蔵助利三と出会い、友情を育んでいく。
 そんな折、近江浅井家が織田信長に滅ぼされ、浅井家家臣の海北家も滅亡する。そして本能寺の変――。友松は、海北家再興を願いつつ、命を落とした友・内蔵助のために何ができるか、思い悩む。
 迷いながらも自分が生きる道を模索し続け、晩年に答えを見出し、建仁寺の「雲龍図」をはじめ、次々と名作を生み出していった海北友松。狩野永徳、長谷川等伯に続き、桃山時代最後の巨匠となった男の起伏に富んだ人生を描く歴史長編。
 4月11日から京都国立博物館で友松の大回顧展が開かれることで早くも話題だが、本能寺の変の舞台裏についても、著者自身の推理が端々に光っており、絵師の目から見た戦国絵巻としても愉しめる。
----------------------------

今年の5月11日(木)に京都国立博物館の「海北友松展」にでかけました。
その時の感想を掲示板に書いています。

 長谷川等伯展ほどには「ワー綺麗、凄い!」と思うものは多くは無かったのですが、
評判の「雲龍図」、「柏に猿図」、「月下渓流図屏風」などには感動でした。
 60歳を過ぎてからの活躍が目立つことや、多数の歴史上有名な人達との交流の
エピソードなどを知りました。
 それにしても安土桃山時代から江戸時代初期にかけては、なんと多数の魅力ある
武人や芸術家を排出したことなのだろうと、不思議な活力に溢れた時代の1つですね。


 もっと海北友松について知りたいと思い図書館で予約したのがこの本でやっと読めました。葉室麟の本は初めてです。葉室麟は1951年生まれ、西南学院大学文学部外国語学科フランス語専攻卒業、地方紙記者、ラジオニュースデスク等を経て、50歳から創作活動に入り、4年後に文壇デビューを果たした。2005年、江戸時代元禄期の絵師尾形光琳と陶工尾形乾山の兄弟を描いた「乾山晩愁」で第29回歴史文学賞を受賞、2007年「銀漢の賦」で第14回松本清張賞を受賞、2012年「蜩ノ記」で第146回直木三十五賞を受賞。

 上の本の紹介に「遅咲きの著者」と書かれていますが、著者自身もそれを意識し同じく遅咲きで知られた「絵師」に興味を持ち書いた本と新聞で読んだ記憶があります。

 海北友松については、展覧会で自分なりに作り上げたイメージを大きく塗り替えるような話は出てこなかったのですが、織田信長・明智光秀・斎藤内蔵助利三などの人物像が司馬遼太郎の小説や大河ドラマで想像していたものとは全く異なり楽しかった。斎藤道三が織田信長にだしたという美濃国を譲るという(有名な)手紙は信長の嘘だったという推理、これは凄いなと思いました。作家の思惑は確かに自由自在ですね。

 また間をおいて読み直してみたい本でした。


 

退院しました!

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 7月10日(月)08時14分9秒
返信・引用 編集済
  2017年7月9日(日)
 Kanadeは退院しました。まだ食欲はあまりなく顔色も悪い。昨日は点滴もしていた。退院は普通の4人部屋に戻ってからだろうと思っていましたが隔離用個室に入ったまま。こんな状態で?と少し心配です。感染症の疑いさえ無ければよいのでしょうか。素人にはよく分かりません。しかし、私たちもYukieも体力の限界にさしかかっていたので、退院は取りあえず一安心です。
 退院し吹田の自宅へ移動中、激しい雷雨。荷物を家に運び込む時、奇跡的に雨が止みました。大阪府東大阪市付近で午後4時までの推定1時間雨量が約110ミリという記録的短時間大雨だったようで、茨木の道路もあちこちで冠水していました。

 11日(火)から「中間維持療法」で10週間続き、毎金曜日に通院します。その後、また「再寛解導入療法」で1,2ヶ月間の入院になります。


約8ヶ月の入院中に、Kanadeの絵や塗り絵の技術は格段に進歩しました。



塗り絵




















 

ヘルペス、帯状疱疹

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 7月 7日(金)10時42分58秒
返信・引用
  夜中に左横腹あたりがヒリヒリし目が覚める。ヘルペスらしきものが
3つ。何かにかぶれたのかなと思ったが大したことは無いだろうと
メンソレを塗っておいた。朝、ヒリヒリ感は消えているが(て)に
見せると帯状疱疹だ!直ぐ医者に診てもらえと大騒ぎ。

ついでに毎月の健診もしてもらうため「聖クリニック」へ。
帯状疱疹の可能性が高いと「アシクロビル錠200mgCH」(1回4錠を
1日5回服薬)と塗り薬「ビダラビン軟膏3%SW]を処方された。

疲労で免疫力がおちているのだろうという話、どこかで毎日聞いている
話と同じ。


 

Kanade

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 7月 6日(木)09時58分51秒
返信・引用 編集済
   2日の発熱(39℃以上)の原因は不明だが、免疫や抗体力が落ちているので入院した最初に入れられた個室に隔離される。部屋が広くDVDなどを視聴するのにイヤホンなしでOKなのでKanadeは大喜び。
 7月3日の検査結果でIgGが737mg/dL(基準範囲 870~1700)に低下していたので、7月4日に「献血グロベニンⅠ 静注用2500mg」が投与。6月10日の発熱時と同じような対処療法が行われているが、個室に隔離しなければならないことが意味することは何なのかなと気になる。Yukieは常に楽天的で、直ぐにでも退院できそうなことばかり伝えてくる。
 昨日(7月5日)に看た限りでは、まだ酷い下痢が続き、食欲はなく元気がない。今日明日に退院できるはずがないと思う。早くで週末と予想している。

 次の治療段階の「中間維持療法」の開始は2週間延期の7月11日の予定になった。

 「中間維持療法」か「強化中間維持療法」のランダム割り付けで「強化中間維持療法」に振り分けられた。「強化中間維持療法」ではステロイド剤が大量に投与されるためKanadeには負担が大きすぎるというYukieの判断で「ALL-B12臨床試験」から離脱することに。今後は阪大病院単独の治療にまかせることになる。

 いろいろ考えねばならないことが多すぎる!
 

Re: 祖父の心配vs孫のプライド

 投稿者:RON  投稿日:2017年 7月 6日(木)09時25分17秒
返信・引用
  > No.6716[元記事へ]

> 小5のShion、やることなすことが頼りない、なにか大事なことを
> 忘れているのではといつも心配。で毎晩、ランドセルに乱雑に
> 詰め込まれているプリント類を点検していた。
>
> 2度とランドセルを点検しない、その代わり「保護者への連絡」や
> 「学校で必要な物」については自分できちんと責任をもって管理
> しろと。忘れ物ぐらいの失敗で、どうのこうのということでも
> ないのでしょう。

忘れ物…
我が子達も忘れ物大王でした。

「忘れたら自分でなんとかしろ!」

というのが私の対応。

・電話をかけて届けてもらう(最近は届けてもらうのは禁止になってる)
・友達に借りる
・先生に申し出て学校の備品を借りる
・無いままやり過ごす

まあ何とか適当に乗り切ってた様ですよ。
 

祖父の心配vs孫のプライド

 投稿者:TN  投稿日:2017年 7月 5日(水)13時14分55秒
返信・引用 編集済
  小5のShion、やることなすことが頼りない、なにか大事なことを
忘れているのではといつも心配。で毎晩、ランドセルに乱雑に
詰め込まれているプリント類を点検していた。

それはShionにとっては「うざい」ことだった。学校の作文に書かれた。
確かに自分のものを勝手に覗かれるのは嫌だろうとは思う。自分の
子なら、親は子供のためなら何をしてもよいのだと怒鳴りつけて
おしまいなのだが、孫はやはり距離がある。子より孫が可愛いと
いう人も多いらしいが私は別。

2度とランドセルを点検しない、その代わり「保護者への連絡」や
「学校で必要な物」については自分できちんと責任をもって管理
しろと。忘れ物ぐらいの失敗で、どうのこうのということでも
ないのでしょう。
 

さてどうなることやら・・・・

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 7月 2日(日)09時27分30秒
返信・引用 編集済
  Kanadeが退院の予定で、いろいろの作業の順序を考えていた。

しかし、朝、冷蔵庫がご臨終、1999年のNational製。この
処置だけでてんやわんや、

そこへKanade発熱の知らせ。 さあどう対処しましょうか?

PS 今日明日の退院はなくなった。
中心静脈(CV)カテーテルの付け口からの感染?
同病でKanadeより1ヶ月治療が先行していた○ちゃんも
退院の直前に発熱し感染だった???

冷蔵庫を発注、今はエアコンや冷蔵庫の需要が多く
配達が明日の夕方に。

PS2 3日 39℃を超えていた熱が36度台に下がる。
 しかし、無菌仕様の病室に隔離。個室なのでイヤホンなしで
DVDなどを見られるとKanadeははしゃいでいる。

 発熱の原因は不明だがCVからの感染では無いと判断された。
下痢をしているので便の検査、結果は悪性の菌はなし。

 水曜の検査結果で退院の判断。
 

落陽

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 6月29日(木)10時31分46秒
返信・引用 編集済
  「落陽」
朝井まかて、祥伝社、2016年7月

(日刊ゲンダイ https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/190875
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 東京の喧騒を忘れさせる豊潤な緑の森であり、多数の参拝者が訪れる明治神宮。この神宮造営を巡る物語を2つの異なる視点で描く。

 時は明治45年。主人公は大手新聞社を女性絡みの悶着で辞め、今は醜聞を扱う大衆紙の記者、瀬尾亮一。記事掲載をネタにゆすりを働く悪稼業で、くすぶった日々を送っていた。ところが、明治天皇崩御を機に、記者魂が目覚める。「東京に明治天皇を祀る神社を造る」という壮大かつ無謀と思われる計画を同僚の女敏腕記者、伊東響子から聞いたからだ。候補地の代々木は当時辺鄙な地で、絶望的な荒野だった。

 林学研究者は不可能と判断するも、政財界の有力者は東京での神宮林造営を強硬に推し進める。響子は研究者とともに、崇高かつ永劫の神宮林の在り方を探っていく。一方、瀬尾は激動期の日本を支えた明治天皇の生涯に思いを馳せ、密かに独自取材を進めていく……。

 明治神宮の森は今でこそ美しき森だが、その履歴を手繰ると泥臭さときな臭さも垣間見える。さまざまな人の覚悟と熱意が今の美しい森を築いたのだと気づかされる物語だ。(祥伝社 1600円+税)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 読むのは2回目、題名だけでは内容を思い出せなかった。読み進んでも結局、記憶に残っていたのはほんの少しだけだったので、初読と同じ。

 『理想は藪のごとき原生林』と考え150年後の完成を想定し設計された明治神宮の森の話と、その明治神宮に祀られる明治天皇がなぜこうも慕われるのかという問いかけが本書の主題。
 明治の森に関わる林学研究者の話は、いつもの「朝井まかて」の小説と同様に知的好奇心を充分に満足させてくれる。
 一方、明治天皇の話はまだまだ消化不良の様な気がする。漱石が「奉悼の辞」に「天皇の徳を懐ひ 天皇の恩を懐ひ謹んで哀衷を巻首に展ぶ」と書いたことを知った主人公の瀬田が、あの漱石が「徳」や「恩」と書く明治天皇の生涯に思いを馳せるという設定そのものは面白いなと感じる。でも読み終わった感想は中途半端、いつか朝井まかてが明治天皇だけを主題にした本を書いてくれればと思う。

 今までの朝井まかての本にはカタカナ語がほとんど出てこない。それが彼女の文の魅力の一つでだと思っている。今回の本は大正時代の話なので、トースト、バタ、カフェオレ、ピアノなどはカタカナ書きになっているが、特種にスクープとルビをふって遊んでいるあたりに余裕が出てきたなと思ってしまう。麦酒(ビール)は当たり前として内隠(ポケット)、卓(テーブル)は笑ってしまう。

 

梅雨らしい空模様です

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 6月28日(水)09時59分29秒
返信・引用
  6月26日(月)
 いつもの散歩道、Shionの送り迎えがありなかなか思い通りには
歩けない。たまに歩くと体力の衰えを感じ、毎日歩かねば・・・と
思うのですが。

 季節は待ったなしに移っていきます。


ネムノキ




アベリア
ハナゾノツクバネウツギだって!




ムラサキニガナ




ウスノキ




ネジバナ








 Kanadeの好中球数が回復傾向に転じた。週末退院は可能か??
 来週になると思っておいた方がよいのかな?



 

Re: 「足し算ですます」?

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 6月27日(火)18時13分46秒
返信・引用
  > No.6711[元記事へ]

RONさんへのお返事です。

何処の国がどうだったというのは忘れてしまいましたが
足し算でおつりを出すところは多いです。

結構、皆さんすばやくおつりをくれたので、ストレスを
意識したことはありません。

始めは確かに面白いと感じた記憶はあります。
 

「足し算ですます」?

 投稿者:RON  投稿日:2017年 6月27日(火)13時02分12秒
返信・引用
  TVを観ていたらイタリア在住の日本人が外国暮らしで不便な所とインタビューされ、
「イタリア人は引き算が出来ない。足し算ですますから買い物が面倒だ。」
と・・・

「足し算ですます」が分からない。

TVは実際に買い物をしているシーンに切り替わった。
(通貨単位がリラだったかユーロだったかは覚えてないので、一応リラとする。)
5リラの買い物をして10リラを出す。
日本なら「10-5=5」と暗算して【5リラ】のオツリが直ぐ手渡される所だが、
イタリアだと10リラをカウンターに置いて隣に1リラずつ置き、
「6リラ、7リラ、8リラ、9リラ、これで10リラ。」
今置いた5リラを掴み、
「はいオツリです。」

「足し算ですます」とはこういうことか!

確かに「足し算」しか使ってない。
引き算を使わずに済むことにちょっとした感動を覚え、
職場で話題にしたら、ヨーロッパに長く住んでいた社員が言った。
「ヨーロッパはどこもそうですよ。だから買い物に行くとイライラする。」
イタリアだけでは無かったか。

確かに、いちいち「6、7、8・・・」と数えられたら時間もかかるし面倒だ。
もっともヨーロッパを旅することは無いと思うので、実際に遭遇することは無いが、
引き算を使わずにオツリを出せることに驚きを覚えた。

 

雨ですね

 投稿者:TN&TN  投稿日:2017年 6月25日(日)18時48分20秒
返信・引用
  しんどい一週間でした。寛解への道のりは遠いです。抗がん剤投与が終わって2週間、白血球数、ヘモグロビンは回復傾向になったものの、好中球はまだ減少を続けていて、免疫力がおちていると考えられ大変です。
Kanadeは落ち着いてはいますが、感染症が怖くてあまり病室外に出られないので、元気がありません。毛がまたかなり少なくなりました。頻尿は直ったよう。

 それでも自然はいつものように・・・。トンボソウが咲きだし、鳥たちもにぎやかです。

トンボソウ









ウグイス




ムクドリ




チュウ(コ?)サギ




イソヒヨドリ(若鳥?)






 

/224