teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]

スレッド一覧

  1. 酉谷山避難小屋ノート(169)
スレッド一覧(全1)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


こんばんは

 投稿者:はな  投稿日:2013年10月26日(土)22時29分44秒
  北海道の諸島の山登り、
読ませていただきました。今回も、後ろから間隔を縮めないで追ってくる人の事、サスペンスみたいにドキドキしてしまいました。
読み終わって、ラッセル○○だったのですね。ビックリしましたよ。

でも、まぁ、女性だから許してあげましょうね!
それが、男性だったら許しがたいですけど・・。

それにしても、初冬の山肌は、写真で見るにも素晴らしい雄姿ですが、
わたしは、どうも・・、寒過ぎて、怖すぎて体が縮みます。
絶対に行けない所ですよ。 特に、寒い雪山は嫌いです・・。

でも、避難小屋でのストーブにあたる場面は、素敵ですね・・。

変わって、
このホームページを見ている人は本当に多いですね。本日で70余名、昨日もそれ以上です。
凄いですねぇ~~。
それにしても、掲示板への書き込みは少ないのですね、
まぁ、みんながみんな、カキ込んだら返信に困りますか・・。
 
 

北海道の初冬の山登り

 投稿者:老少年  投稿日:2013年10月26日(土)11時44分40秒
編集済
  10月とはいえ、初冬の吹雪の山の中でしもやけになって心がポッキリ折れてしまい縦走を断念、登山口の小屋「札内川ヒュッテ」で
心と体を癒したのでした。ここの薪ストーブがいいですね。
http://yamatabi-hanatabi.com/satsunaigawa-hut.html

ヒュッテを楽しんだ翌日は大雪の山、ニペソツ山へ。素晴らしい山です。10月と言うのに冬の光景でした。
http://yamatabi-hanatabi.com/nipesotsu2011.html

その後、道南/羊蹄山へ転進しこの山の9合目にある避難小屋を楽しむことに。
http://yamatabi-hanatabi.com/youteizan2011.html

こんなこともできるのは、単独行ならではないでしょうか。なお、カムイエクウチカウシ山からの下山は、本当に
「決死」だったのは間違いありません。指は撤退を促す凍傷とは言え、どちらかというとしもやけ程度で、後遺症
は残りませんでした。

単独登山で遭難し、最悪の結果になる事例も少なくなく、よく「単独登山は止めましょう」などとされていますが、
パーティを組むのならメンバーショップを発揮し最低限でも視野の中にメンバーをとどめながら歩くのがいいですね。

・・・、というより、はなさんの今回の霞沢岳の場合はパーティの(最低限誰がこの山行のリーダーなのかなどという)
役割が決まっていなかったのではないのでしょうか。パーティをばらけさせる理由に、歩調だとか、体力の差だとか
があると思いますが、それは織り込み済みの前提でしょうけれど。いずれにしても、置いてけぼりはいけません。
気の合った仲間と登る山もまた格別なことは知ってはいるのですが・・・。

(画像上:初冬のニペソツ山)
(画像下:盛夏のニペソツ山)
 

ハラハラ・ドキドキでした

 投稿者:はな  投稿日:2013年10月26日(土)00時28分36秒
  こんばんは
アイゼン無しの山行、見せていただきました。途中で本当にハラハラ・ドキドキしてしまいました。良く、御無事に・・と、安堵しました。
普通は、そんな場面に出くわすと、単独では余計判断を誤るのが一般的と思うのですが、そうでない人も沢山いるのですね。複数でいると少しは不安感が少ないですが、1人だと大変でないかと、私は思うのですが・・。

天候が悪く、進むべきか、後退するべきかの時、私もすぐに後退するべきと思いました。
やはり、そのような状況が良くない時は、後退するのにも大変でしょうけど、一度歩いてきた道は状況が分かる。未知の道を悪状況の時に歩くよりもずっと安全ですよね。
安全に下山できたのは日ごろの経験のたまものでしたですね。

下山後の指の状態が気になりましたが、現在に至っているのでそれほど問題は無かったのですか?
行程管理人は、この事なんかは知らないのでしょうね?
私は読んでいて怖くなりましたよ。こんなのは、止めてくださいましね・・・。

2000mの北海道の10月は、北アの10月以上の季節でありませんか??

霞沢岳の、まるで単独行みたいでしたよ、
と言うのは、言い忘れていましたが、最終日の峠から島々に下る所です。
一応、2人ですが、パーティーを組むとそんなに見えなくなるまで離れてはいけない・と言うのは、ルールで私は知っておりますが、
相手が知っていなかった・・のかは知りませんですが、

私は、下山はのろく無いのです。普通に歩けるのです。そして、その島々までの時間も、地図上のコースタイムが甘かったのか、休んでいても、30分早く下山しましたから。

小雨が降ってくるような天気ですから、薄曇りなんですよ、それに、樹林帯だから余計暗い、
そして、天候が悪いから登ってくる登山者も5人のみ、
まぁ、そんな時は、前方を歩いていても、姿が見える位の距離で歩きたい・と思うのは、
変ではないですよね・・。

でも、相棒も、悪気がってしていたのではないのですけどね、
かえって、私の事を信用していてくれたのかも・・です。

雨が止みました。 早々と台風殿は去って行ってくれたのでしょうか??
 

単独行?

 投稿者:老少年  投稿日:2013年10月25日(金)16時52分58秒
編集済
  今年の紅葉は、どこもパッとしないようですね。
谷川岳がそうでした。途中は青々、昨年の佳境のところは終了ということで、今年の異常な高温がそうさせた
のでしょうか。

霞沢岳を「ほとんど単独行のように歩いた」ということですが、パーティを組んでいながら、はなさんをほっ
たらかしにして歩くなんて男の風上にも置けない人たちですね。パーティで歩く以上は、バラけて歩くと言
うのは私には理解が困難なところです。

なぜ、単独で歩くかと言うと、私の場合、好きなところで休んだり、花があったら写真のために始終足を止め
るからということもありますが、一番の理由は自由気ままに歩くことができると言うことでしょうか。ただ、
女性が単独行というのも、なかなか難しいことがあるとうことも、重々承知しています。

来年のことを言うと笑われそうですが、はなさんにならって上高地から徳本峠に上がり、最終的には槍へ至る
というルートに食指が動きそうです。

もう、一般的にはテントで何泊もする歳ではないとは思いますが、最近、75リットルのザックを新調してし
まいました。夢が無くなったら山はお終いにしますが、もう少しはこの新しいザック(日本では販売されてい
ないOSPREYのVolt75)で単独行・テント泊を楽しもうと思っています。

はなさんがおっしゃっていた、アイゼン不携帯の下山の悲惨さを北海道の初秋の山で経験しました。
http://yamatabi-hanatabi.com/kamueku2011.html
こんなことをしていては危険極まりないですね。
 

霞沢岳

 投稿者:はな  投稿日:2013年10月23日(水)23時50分59秒
  霞沢岳は、前にテレビで徳本峠から島々まで歩くのをやっていて、
11月頃でしたが、紅葉がきれいで、少し雪が降っていて霜柱も立っていました。
それを見て、私も秋に歩きたい・・と思っていたのです。

実際歩いてみたら、紅葉は峠の所だけで、その下はずっと青葉で、11時頃から小雨が降ってきて辺りはずっと暗かったので、あまり良い記憶が有りません。

男性の山友と2人だったのですが、彼が足が長いので早いのです。なので、登山者は殆ど通らない所なので、いつも1人で歩いていましたから、単独行みたいでした。
単独行って言うのは好きでないのですけどね・・・。
老少年さんは上高地から入るのは面白くないでしょうから、島々から入って、徳本峠から霞沢岳、峠から大滝山経由で蝶ケ岳でも面白いのではないですか?

今、考えてみると、霞沢岳は普通の山と違い、面白いですよね。
13日の連休の真ん中の日は、峠にテントの花が30張りも咲いていましたよ。

私も、南アの聖岳に11/3の日に登ったことが有ります。
今考えると恐ろしいことでした。10月でも3000m級の山は雪が降ると帰れなくなってしまいますものね、その時はアイゼン等は持っていなかったのです。
でも、ベテランの大先輩に連れて行って貰ったのですけど・・。
山頂はみぞれでした。荷物が重くて大変でした。
 

これからの山

 投稿者:老少年  投稿日:2013年10月23日(水)22時04分16秒
  沢渡までの渋滞、お疲れ様でした。
紅葉の時期と重なって車は大変だっとことでしょう。
そのような苦労はあっても、徳本小屋の連泊だったのですから、
のんびりと贅沢な時間を過ごせたのではないでしょうか。
いまだ営業小屋に泊まるスタイルになっていないので、うらやましい限りです。
この山域に目が向いていませんでしたが、地図を見ると面白いルートを作れそうです。
来年以降の候補に入れておくことにします。

11月に南アルプスに登ろうと思っています。
時期が時期ですので天気次第ですが、光岳往復を考えているところです。
これからは高所の山はほどほどに、というより次が最後で、
あとは近くの山と下山後の温泉を楽しんで、ということになってしまいますね。

 

お久しぶりです~

 投稿者:はな  投稿日:2013年10月23日(水)11時53分46秒
  遅くなりましたが、この前の連休に、北アの霞沢岳に行ってきました。
連休をめがけた訳ではないのですが、天候を見ながらだったので、連休に重なって、松本インターを降りてから物凄い渋滞にはまって参りました。

沢渡では車が置けなく、路肩駐車で3日間置いておきました。下山口が違う場所だったので回収に回った時は私の車がぽつんと1台・有っただけでした。

上高地~徳本小屋(泊)~霞沢岳~徳本小屋(泊)~島々でした。
もう、この年ですから、ゆっくり・のんびり山を楽しみたいので小屋で2泊しました。
こお小屋の事を色々言う人がいますが、今回の私達の時は大変良かったですよ。

私の鈍足と山頂でコーヒーを沸かし、50分も楽しんだので、帰りが遅くなりました。
私達の後にも3人の泊まりの人がいましたが、
宿泊者が遅いので小屋の人が迎えに来てくれました。ビックリしました。
小屋には4時までに入ってくださいとのことでした。
私達は16:30着になってしまいました。秋ですからね、釣べ落としの時期ですものね・・。

一応、200名山で、登っていなかったからと、
徳本峠から秋の時に島々まで歩いてみたかった・・、との理由で計画しました。

霞沢岳は、ピークが9つ有りました、
ジャンクションピーク、P1~P5、K1、K2、と最後の霞沢岳。
だから、帰りもアップダウンが8つ有ります。
2150mの峠から2645?mの山頂まで、標高差500m弱と思いましたが、
延べ標高差にすると大変なもので・・、
疲れましたわぁ~~!!

その時は疲れ過ぎて、絶対1度で良い山だと思いましたが、
今では、う~~ん、もう1度登っても良いかな~~?  なんて、感じます。
K1から山頂までの360度の痩せ尾根が素晴らしいです。
奥穂高、前穂高、焼岳、笠ケ岳、常念岳等々の展望が素晴らしかった!!

小屋の食事は美味しかったし、寝床も定員30人を越さないからゆっくり眠れましたし、お布団も羽毛の布団で暑すぎるほど・・。
小屋の方々も良い感じで、大変楽しかったですよ~。

ただ、星空がきれいでなかったので、それが残念でした~~。

老少年さんのこれからの予定はどうなのですか??
私は、来週 月・火で裏磐梯に紅葉温泉観光に運転手で行ってきます。

その次の週も、会津に山仲間とキ○コ取り山行です。紅葉と温泉つきです。
 

都レンジャーの業務

 投稿者:老少年  投稿日:2013年10月17日(木)20時29分59秒
編集済
  都レンジャーの主な業務は次のように定められているようです。

(1)国立公園、国定公園、都立自然公園、自然環境保全地域及びそれらに隣接する緑地に立ち入る観光客等の利用者に対する利用マナーの普及啓発及び指導
(2)国立公園、国定公園、都立自然公園、自然環境保全地域及びそれらに隣接する緑地における植物の盗掘等不正行為の監視及び是正指導
(3)指導標、歩道等自然公園施設についての点検及び危険箇所の応急補修
(4)動植物の生息、生育状況等自然環境の継続的な観測及び監視
(5)小笠原諸島における旅客船又は観光船が発着する際に行う、動植物の持ち込み、持ち出し等乗船者への検査等移入種対策への協力
(6)小笠原諸島における観光業者などへの指導及び助言

 やはり、一番の問題は商業として避難小屋を使うということ、そして次に大挙して占拠するということになるのではないでしょうか。
その上で、真に避難しようとした人がいるとしたら、いくら混雑していようと、かくかく云々と理由を述べて他の者の協力を求め、
その上で強力が得られず、小屋を使えなかったということであれば本末転倒と言うことになるのでしょうね。
健康の増進のためにも、遊休施設は有効活用させていただくに限ります、ただし、あくまでもWATさんのおっしゃるような形態で、かつ、低姿勢でということで・・・。

そういえば、私が出会ったインターナショナルスクールの学生と思しきグループは、天祖山から登って酉谷山避難小屋に泊まり、
2泊目を一杯水避難小屋に泊まったと言っていました。
 

やはり節度が大切ですね

 投稿者:100wat  投稿日:2013年10月17日(木)13時03分11秒
  老少年さま
 老少年さまのおっしゃる通り、都レンジャーの言うことを額面通り受け止めれば何のために立派な避難小屋をあちこちに建てているか分からなくなります。仮にテント泊であっても国立公園内では幕営地が原則的に決められていますが、天候その他の状況によっては幕営地以外で幕営せざるを得ないことも当然、あるでしょう。要するに何でも常識的な節度さえ守ればそれでよいことだと考えています。

 ご指摘のあったような商業登山について言えば、金を取るのであればきちんと幕営地で料金を支払って幕営するか、営業小屋に宿泊する計画をたてるべきだとは思います。都レンジャーがイライラしているのは、無料の避難小屋に大人数であらかじめ宿泊するような計画を立て集客しているような業者の存在だと思います。こうした集団のおかげで、実際、”避難”しようとした登山者から小屋を使えなかった-といった声も寄せられているようです。

 私も雪の季節に長沢背稜を山行するような場合は、遠慮無く酉谷避難小屋に”避難”させてもらうつもりです。目的は酉谷避難小屋での宿泊ではなくあくまで”避難”として(笑)。

(追伸)老少年さんが日原で遭遇したのは別の集団だと思います。この季節は、都内のあちこちのインターナショナルスクール系の学校でいくつかのグループに分かれて奥多摩山行が慣例行事として行われていると仄聞しております。
 

避難小屋の利用あれこれ

 投稿者:老少年  投稿日:2013年10月16日(水)20時27分48秒
編集済
  100WATさん、こんばんは。
こちらこそご無沙汰いたしております。

このインターナショナル・スクールの生徒と思しきグループには、東日原のバス停で会いました。
前日に酉谷山避難小屋に泊まったと言っていましたが、行程的にも鷹ノ巣避難小屋だったのですね。
このグループと一杯水避難小屋で一緒に宿泊した人が、「韓国人のグループだった。」「がやがや
していた。」「花が咲いている植物の引き抜いたのを持っていたので厳しく注意した。」と言って
いました。高校生か大学生のようでしたが、この男性が嘆いていたようなことについてのマナーを
知らなかったのでしょう。

(もしこの人たちが外国人であるとしても)山で遊ぶ際にはどうするか、大勢で宿泊を伴う山を歩
くときにはどのような計画にすべきか、ある程度のルールは身に付ける必要がありそうです。一方
、今まさに避難小屋に泊まろうとしている人に営業小屋に行けと都レンジャーが言うのは、料簡の
狭い、虎の威を借りた小さな者(わずかな権力の行使の前線にいる)意猛々しい言動と感じました。

環境省が定めた奥多摩甲斐国立公園管理計画書の主旨から行っても、この地域の避難小屋の位置づ
けは、避難小屋は単に遭難者が使うものとはなっていません。だからと言って、大手を振って使う、
ツアーで使う、集団で占拠するように使うという場所でもないことは自明でしょう。以下のリンク
は、酉谷山避難小屋を宿泊地とし間もなく催行されるガイド登山ですので、ご参考までに。
http://6408.teacup.com/kamuibiranji/bbs/t1/l50

基本は、混雑時は譲り合って使う、困っている人がいたら互いに助け合うということで、避難小屋
設置の目的が達せられるものと思われます。

北海道でも東北でも、南アルプスでも、盛期には避難小屋に管理人が常駐するところも多く、登山
計画にもその使用を織り込んでいるのが普通のところ、これが制度的にも社会的にも否定される行
為と言うのであれば、都レンジャーが言うことにも従うことと(私は)いたしましょう。WATさん
の問いかけに、そんな感じがしたのでした。


 

避難小屋の利用について

 投稿者:100wat  投稿日:2013年10月15日(火)14時28分37秒
  老少年様
 お久しぶりです。アルプスに奧多摩にとご活躍の様子、なによりです。最近、長沢背稜方面に出かけておらず、長沢背稜の崩壊地もしっかり土留めの工事がなされたことをお写真で初めて拝見しました。また酉谷避難小屋のノートが持ち去られたとのこと。当局関係者の知人によると、奥多摩の避難小屋の利用状況についてあれこれ情報を収集しており、山行計画にあらかじめ避難小屋利用を織り込んでいるような利用法に疑問を覚えているようです。雲取山避難小屋でたまたま都レンジャーとかちあった知人は相当しつこく注意され、雲取山荘を利用するよう強く促されたそうです。
 ということで、季節も良かったこともあり、最近は奥多摩に山行する際は万一のためツェルトとシュラフ及びマットのみ携行し、基本的には日帰り山行にしています。

 さて、避難小屋と言えば疑問を覚えた使用例に最近2件ぶつかりました。
 1件は10日に稲村岩尾根から水根沢林道経由で日帰り山行に出かけたときのことです。稲村岩を上り下りしてさんざん遊んだせいか、鷹ノ巣山頂到着は14時ごろ。天候が崩れることは事前に把握していましたが、辺りはガスに囲まれ、相当な降雨になりました。山頂から小屋に下りる尾根も視界が数メートル、小屋周辺も水場に行くのに視界数メートルのガスの中、レインウェアを着込んでそろそろと行き来しなくてはならないという有様で、とてもヘッドランプで水根沢林道を下りることはできないと判断。文字どおり避難小屋の利用を決断しました。
 先着者は石尾尾根を上がってきたが同様の理由で停滞を余儀なくされた若者2人。そのうち16時ごろこれまた同様の理由で石尾根経由の50代男性が避難してきました。驚いたのはその1時間後の17時(小屋ノートには16時ごろと誤記してしまいました)ごろ、声高に英語を話す若者集団10人(うち女性3人)が小屋に到着、既に4人がいることに驚いた様子がありあり。ここに泊まるといいますので、状況が状況ですのでもちろんそれはいいのですが、とても板の間に全員は上がれません。装備をみるとビニールカッパを身につけた何人かいるくらいでほぼ全員がびしょ濡れです。よく低体温症にならないものです。
 スペースを詰めに詰めるから板の間に上がれるだけ上がるよう促すと、男1人と女3人が小屋内で眠ることになりました。後で聞いたところによると、東京アメリカンスクール(?)の高校2年生の課外授業の一環として毎年恒例の山行だといいます。生徒のひとりにコースを聞いてみると、前日、霧藻ケ峰方面から雲取山に登り雲取山頂の避難小屋に宿泊したといいます。本日は鷹ノ巣避難小屋に宿泊し、明朝、石尾根を奥多摩駅に下りる計画になっているとのこと。山行は避難小屋を利用することが前提に組まれており、テント、ツェルトの類は一切、所持していないとのこと。天気予報で天候が崩れることが分かっていながら、まともなレインウェアを所持していないことにも驚きました。
 そもそも数人ならまだしも10人もの大人数であらかじめ避難小屋を利用する計画を立てて山に入るのはいかがなものでしょうか。リーダーの引率教師らしい外国人男性に「今日は土間も利用して入れるだけ小屋に入って寝た方がいいが、ここは避難小屋であり状況によっては他の者も使用せざるを得ないことが予想される。これだけの大人数で学校行事として計画を立てるなら雲取山荘か奥多摩小屋、七ツ石小屋等を小屋泊まりかテント泊の計画を立てるべきだ」と疑問を呈しました。しかし、引率者らしい男性は「すみません。ビニールマットとシュラフがありますから女性3人以外は外で寝ます」と言って聞きません。(残りの生徒は小屋の軒下に斜めにビニールシートをはって、地面にもビニールシードを敷いてマットの上でシュラフにくるまって眠っていたようです)
 驚いたのはその後です。小屋の中が何か煙り臭いので外に出てみると、小屋の東側斜面下で盛大に火をおこし、全員の夕食をつくっているではありませんか。私も奥多摩に入るようになって長くなりますが、これだけ盛大に火をおこしているのを見るのは初めての経験で、「しっかり消火し、今後、このようなことは今後止めなさい」と注意し、その際、所属の高校名を聞きましたが東京アメリカンスクールとしか口を割りません。インターナショナルスクール、アメリカンスクール系の学校は都内にいくつかあり特定に到りませんでした。
 夕食は20時ごろまで続き、小屋に入ってきた生徒に雲取山避難小屋でも「山頂でキャンプファイヤーをやったのか」と尋ねると「そうです」と言います。実は、先月、雲取山頂で一緒になった登山者から「昨年、外国人の子どもたちが山頂でキャンプファイヤーを始めたのには驚いた」と聞いていましので、本当だと思われます。
 以上の経緯は鷹ノ巣山避難小屋のノートに青梅警察署、都レンジャー当てに記しておきました。毎年の慣行行事だといいますので、ぜひ当該学校を割り出し、きちんと指導してほしいと思います。個人的には彼らには二度と山に入って来てほしくありません。
 もう一件。12日に三頭山から笹尾根を浅間峠まで日帰りで歩きました。ここでもびっくりしたことがありました。相応の距離がありますので浅間峠から上川乗のバス停に到着したのは16:30ごろになりましたが、峠とバス停の中間地点、時間でいえば16時ごろだったでしょうか、上ってくる20人近いどこかの山岳会かツアー集団にかち合いました。全員首から名札らしいプレートを下げています。
 道を空けて先に上ってもらいましたが、最後尾のリーダーらしい男性に「こんな時間にどちらまで行かれるのですか」と尋ねると「三頭山の小屋に泊まります」といいます。三頭山に小屋はありませんので手前の大沢山避難小屋のことだと思いますが、私には彼らが一体、何を考えているのか分かりません。
 一瞬、13日に始まる長恒カップの準備に臨む関係者のみなさんかとも思いましたが(もしそうだったらごめんなさい)、上ってくる女性を含むメンバーの顔や装備を見ているとそうでもなさそうです。先着者がいたら、いや、たとえいなくてもとても全員がまともに小屋内で眠れる人数ではないことは確かです。また、私と逆に笹尾根を上ることになりますので到着は夜間、相当遅い時間になるでしょう。
 以上2件、避難小屋の利用で最近、疑問を覚えた事例を記しました。こうした避難小屋の利用が横行している限り、今後、「避難」の定義が厳しくなり、使用が制約されていくのではないかと心配しております。
 

登山計画

 投稿者:老少年  投稿日:2013年10月 7日(月)20時27分9秒
  これからの北アルプスは、天気予報との相談次第ですね。
そろそろ稜線には雪が舞うことにもなるのだろうし、なにより天気が悪くては
特にテント泊(者)には手が出せません。

そんなわけで、紅葉真っ盛りの山を天気予報を見ながらどこにしようかと、
あれこれ模索しているところです。どうしても決めきらないときは、
いつもの小屋泊まりで楽しもうと思っているところです。

晴れていれば徳本峠からの穂高岳の展望、下ノ廊下の紅葉など最高でしょうね。
 

これからの予定

 投稿者:はな  投稿日:2013年10月 7日(月)00時11分3秒
  こんばんは
影法師も皆、上手く撮りますよね。私もですが、健康的で良い趣味ですよね・・。

高崎の姉の所から先程帰り、寝不足だったもので運転も危なかったです。
姉の所で、「マツタケ」と「ナラブサ」を食べてきました。
ホットプレートで焼きましたが、マツタケ、そんなに美味いものではないな・・?
との感想です。料理法がまずかったのか・・?

ナラブサは、家にもらって帰って来たので、ナスと炒めて汁にしてみよう。

14日位から2泊3日で、
北ア・霞沢岳、上高地ー徳本小屋(泊)ー霞沢岳ー徳本小屋(泊)-島々

21日~24日の間で天候を見ながら下の廊下へ、1泊2日
ダムー阿曽原温泉ー欅平

28日~29日、裏磐梯紅葉観光
野地温泉の白濁湯に入る・・。

との予定です。
老少年さんは??
 

影絵

 投稿者:老少年  投稿日:2013年10月 6日(日)10時37分36秒
  前穂高岳から吊り尾根を通過し、ようやく奥穂高岳に着いて、さて1日目の行程も間もなく終わり
という穂高岳山荘への下りの岩場で自分の影法師を見た時に、「なかなか絵になるな~」と撮った
ものです。
もうまったく若くありませんが、(というより相当の歳になりましたが)こういったところに挑戦
して歩くということも必要ですね。それによって得られる高揚感は今でも残っていますが、それと
ともに、疲労感・倦怠感も今でもしっかり残っています。
よくよく考えると、アルコールも食料(野菜も果物も)、それにテント泊ですから当たり前といえ
ば当たり前のことですね。

(画像① 明神池へ続く道すがら 画像② 槍沢のナナカマド)
 

こんばんは

 投稿者:はな  投稿日:2013年10月 6日(日)01時38分22秒
  深夜につき、少しだけ、
9月の前穂高~奥穂高~槍ヶ岳を少しだけ(遅い時間なので)見させていただきました。
数枚の写真の後の最初の書き出しの年が、2013年8月23日~25日、槍ヶ岳から・・の書き出しですが、去年の2012年の間違いではありませんか?

奥穂高から下山時の影絵のような写真、良く撮れています、素敵ですね。
朝やけの写真も素敵でした。

遅いので、又・・・。
 

槍は大渋滞

 投稿者:老少年  投稿日:2013年 9月29日(日)20時56分57秒
編集済
  午後2時35分、槍岳山荘に着いて槍ヶ岳に登ろうとすると、取り付きから大渋滞が始まっています。
槍ヶ岳のテント場が確保できないのに、この状態で頂上を往復すると何時に殺生ヒュッテのテン場に
下りられるか分からないので、頂上往復は翌朝とすることに決めます。しかも、まだ人が動き始めない
午前4時前に・・・。
槍岳山荘からは結構下った殺生ヒュッテのテント場にテントを張ることから、翌朝に380mを登り
返し、その分を再び下りて上高地まで下山しなければなりませんが、それだけ苦労しても,これだけの
快晴なので敢えて下山日にもう一度登り返すとしても、その苦労の甲斐がある山でしょうね。

重いザックを担いでの縦走をする意欲がなくなった時は、低山も登る気がしなくなるようなので、
これからも体力の許す限りテント泊縦走は続けたいと思うのですが、その期限は(年齢的に)あと
2~3年でしょうか。辛い思いをして歩き通したあとのアルコールとその後の快眠は、格別です。
ということで、いましばらくはこんなスタイルの山登りが続きそうです。

画像1枚目:大混雑の槍ヶ岳(14:35)
画像2枚目:殺生ヒュッテのテント場(18:23)
画像3枚目:槍ヶ岳をめざし槍沢や東鎌尾根を登ってくるヘッドライトの群れ(04:22) 
 

岩稜帯

 投稿者:はな  投稿日:2013年 9月29日(日)16時02分42秒
  北アルプスの岩稜帯は素晴らしいですよね~、皆が憧れるのが良くわかりますよね。
かっこいい!! と言うのがぴったりです!!

中高年で重いザックを背負って、特にその岩稜帯に行く人は少ないですね、かたや、二日分のアルコール持参で良く登りますなぁ~~と思うばかりです。
足腰が強健の証拠ですね!

又、暗いうちからの槍が岳の登頂、ご苦労様でした。日中はこの時期でも混みますか?
静かに朝陽を堪能したかったから??

それにしても、ものすごい気合いで凄いですね、少しはその気合いを分けていただきたい位です。

昨日のこちらの地方新聞一面に、尾瀬の草紅葉の紅葉が出ていました。
前は、登る所が一杯あり、わざわざ草紅葉なんて見に行ってられないわ!
なんて、思ったものですが、
こう、毎日サンデーになると、良いとこ取りがしたくなりました、が、一人だとなかなか気合いが出なく、腰倒れにならないか、不安で有ります。

私は殆ど単独行は嫌いなのでしないのです。企画を立てるのは好きなのですが、単独だと落ち着かない・・、素晴らしい風景を見たときに、喜びを感じ合いたい、話したい・・、と言うのがあります。
なので、尾瀬の草紅葉は、どうなりますか・・・。
戸倉まで家から車で2:30です。

25日からネットが繋がりませんでした。どうしてだか分らなかったのですが、料金が未払いの為止められていたようでした。びっくりして、コンビニで送金したら、3時間後には開通しました。困ったものです・・・。
 

北ア縦走

 投稿者:老少年  投稿日:2013年 9月26日(木)04時55分44秒
  北ア縦走/テント泊。
ザックには2夜分のビールと日本酒が・・・。

3連休とあって、多くの人が岩場の稜線に挑戦していましたが、
見たところテントまで担いでいる中高年は、やはりごくわずかでしたね。

でも、大混雑の山小屋より、酒を喰らってシュラフに潜って
バッタンキューと翌朝まで寝ちゃうと、
疲れはそれほど残りません。

それに大絶景・・・。
やはり、北アルプスの岩稜稜線は本物ですね。

画像は、3日目の朝の槍ヶ岳。
03:45に登り始め、ご来迎を待つこと1時間以上。
感動ものでした。
 

北ア縦走 お疲れ様でした

 投稿者:はな  投稿日:2013年 9月24日(火)23時39分43秒
  こんばんは
チロンチリンとクマ鈴の音
3000mの北アルプスでヒグマがでるのでしょうね、とのこと、
出るんでしょうねぇ~~。

すれ違う登山者ならマダ許せるけれど、同じ方向に進むのはかなり神経が辛いですね。
それも、4つもつけてですか???
考えられませんけど、
リズムを取っているなんて事 無いですよね・・。
ほんと、非常識の人ですわ・・・。

写真も奇麗に撮れていました。テント泊で・・、素晴らしいです~~。
 

酉谷山避難小屋

 投稿者:老少年  投稿日:2013年 9月17日(火)10時49分23秒
編集済
  酉谷山は、奥多摩の最奥部にある山ですが、固定ファンも多いようです。
登路は何本もあって、秩父から矢岳を経由して登ると、6~7時間もかかるのですが、
それも(ただただ展望のない植林地の中を黙々と登るという)おもしろみ?のあるコ
ースの一つです。季節になれば、フクジュソウ、カタクリ、シュンラン、イワウチワ
など最近では、この界隈で見ることの少なくなった花々を見ることができる場合もあ
り、どうぞ、楽しんでみて下さい。(という私は、木枯らしが吹くころからはもっぱ
ら酉谷山詣でばかりで、楽しみ過ぎているきらいがありますが・・・。)

画像(上)長沢背稜を酉谷山に向かう (中)酉谷山避難小屋 (下)フクジュソウ
 

レンタル掲示板
/15