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  1. 酉谷山避難小屋ノート(178)
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非常食

 投稿者:埼玉のN  投稿日:2014年 8月 5日(火)22時52分28秒
  100watさんへ。
酉谷山避難小屋の餅についてのから忌憚の無いご意見をいただきありがとうございます。

何故に餅を置いたのかというと、酉谷山避難小屋に泊まったときに「避難小屋は人が死んだところに出来る。
(個人の意見です)」という話を聞き、衣食住の住は避難小屋。じゃあ食は無くていいの?と思ったからです。

保存がきく、そこそこカロリーがある、生でも食べられないことはない、比較的安いという事で古くからある
保存食の餅を選びました。餅焼き網とバーナーの事まで考えておらず、空腹を満たすことだけしか考えていな
かった・・・。

グチグチと言い訳を書きましたが、酉谷山避難小屋に置いてある餅をご覧になり、「非常食」はこうあるべき
で寄付するという強い信念を持つに至った方がいらっしゃった事を嬉しく思います。

酉谷山避難小屋のノートに夏は暑すぎて来る所ではないといった趣旨の事が書いてありましたので今年の10月
頃の補充でしょうか。どのような「非常食」なのか期待しております。
 
 

北海道の山で思う

 投稿者:老少年  投稿日:2014年 8月 5日(火)17時53分36秒
編集済
  Watさん、人生何ごともgoing myaway、特に社会的責任をある程度果たした(と思っている)年代
には、相応しい言葉です。現役時代に山に登ると出ていた腰痛も膝痛も筋肉痛も、このごろは「
それなに?」と言った感じで、「我流登山」全開中です。そもそも登山道があるところを歩くの
に登山スクールもツアーもあったものではありません。

トップページにあるように、今回は北海道/日高山脈のエサオマントッタベツ岳~カムイエクウチ
カウシ山を縦走してきました。距離にしたら1泊2日程度の山ですが、気象条件、稜線の藪など
で舐めてはいけない山域です。もう8月になろうとしているのに、2014年の一番乗りでした。
(なぜそのようなことが分かるかって?稜線に出れば自明なんです。)

画像で示した2日目のテント場から3日目のテント場への距離はたったこれだけです。2日目の
テント場でテントが崩壊する恐れがあったので風雨の中、3日目のテント場に移動し(合計43
時間停滞したのでした。(画像2枚目:暴風雨でのテント崩壊を避けるために安全地帯に逃げ込
んだ。その移動のおおよそのルート。)

ザックの重さは、5日間の食料+予備3食分+水8リットルで25kgほどになりました。これ
だけの荷物をまだ担げるということは、我が肉体に感謝の言葉以外にありません。そのような
ハードな縦走をしていると、さまざまな細かいことはばかばかしくてあほらしいったらないです
ね。安全なところに身を置いては得られないものがあるのが、この日高の醍醐味でしょう。

下山後、宿で5日間の汗を流した爽快感、しこたま飲んだビール&ワインのおいしさと解放感、
やりきったという充実感、危険を回避しつつ安全に下山した安堵感、このようなものがないまぜ
となって新たな山への意欲が湧いてくるのでした。

酉谷山避難小屋は、私にとって大事なエスケープの場所、大らかにのびやかに使いたいもので
す。これほど公徳心によって守られている山小屋は稀有の存在でしょう。些末なことには包容力
を持って許容し、それが受忍できないということならば、一番の解決策は利用を控えるというし
かありません。この小屋を心から愛する多くの善意の持ち主に感謝するばかりです。大きな自然
の中に入って歩いた北の山の6日間のうち4日間は出会った人「0」人、出会ったヒグマさん「4」。
このような環境に身を置くと、細かなことはどうでもよくなりますね。
(画像1枚目:カムイエクウチカウシ山から八ノ沢を下る途次)
 

小×谷林道

 投稿者:100wat  投稿日:2014年 8月 5日(火)00時58分27秒
  老少年様

 HPの山行記録を拝見したしますと、ますますご健勝、かつご健康のご様子、お喜び申し上げます。
 しかし、これみな単独行ですか? 余計な差し出口、心配とは承知しておりますが、我流中高年登山
 の危ないパターンにはまっているような気がしないでもありませんが…。老少年さんは私の目標です
 ので、十分、お気をつけください。私は仕事が忙しいのに加え、ここのところ体調が思わしくなく、
 体調のいいときに「ここ一番」でし遠出することにしています。

 来週は休めそうなので、久しぶりに体調が良ければ後立山連峰か、いまひとつであれば八ケ岳を蓼科
 から観音平まで完全縦走してこようかと思っています。八ケ岳も大学生のころのように1泊2日で歩き
 通す勢いはもうありまんので、2泊3日、もしくは体調によっては3泊4日くらいでのんびり行こう
 と思っています。

 老少年さんはテント泊がお好きのようですが、小生はもし八ヶ岳完全縦走に出かける場合はすべて
 小屋泊まりで行くつもりです。そもそも夏は落雷を考えると高所でのテント泊は必ずしも適したもの
 ではないように思います。北アルプスでテントを撤収する暇もなく小屋に逃げ込み人は無事でしたが、
 その間にテントに落雷し黒子焦げになったテント、ご覧になったことがありますか。私はありますよ。

 さて、奥多摩ですが、せいぜい2000mの亜高山帯では暑くてたまりません。夏はあまり足が向
 きません。といいながら「常識しきある行動を」という都レンジャーの溪谷には反しますが、小×
 谷林道はここのところ週末にちょくちょく使った結果、長沢背稜に到るバリ尾根はほぼ歩ききり
 ました。

 小×谷林道について、地元の方に教えていただいた話を以下に記します。私自身が何度か通過した実
 体験からしても燕岩、籠岩付近の落石はほぼ完全に収まっています。実際、お話を聞かせていだいた
 地元も方も「落石防護壁の工事も終わっているし、落石も収まっているからまず大丈夫だよ」という
 ことでした。(とはいえいうまでもありませんが、あそこを通過しようという方は完全に自己責任で
 どうぞ。何があるか分からないのが登山の常ですので当方は安全を保証する権能もありませんし、万
 一事故に遭われても責任は負えませんし)

 では、近々開通かというとそうではないそうでもなさそうです。その方によりますと「開通は2年後
 だと聞いている」とのことでした。warumm??? ご存知かもしれませんが「引き続きあの燕岩、籠岩
 付近にドーム型シェルターを建設する予定らしい」という情報を教えていただきました。その工事が
 始まれば、それ相応の大規模工事なるでしょうから工事期間中、落石の危険性以前に工事のため今は
 ガードレールのワイヤーひとマタギで通過できますが、あそこは通過できなくなります。(裏を取っ
 ていませんので真偽は保証の限りではありません。東京都の所管本局の部長級に近々確認してみよう
 と思っています。)

 さて3週間ほど前、小×谷林道を経て、某尾根を登り長沢背稜に上ったところ、正午過ぎには酉谷避難
 小屋に到着してしまいました。ザックをデポし、ザックをデポし、サブザックにカメラと水、GPS
 だけ入れて酉谷山を中心に、巻き道を使わず徹底的に東西を稜線通しで歩いてみました。なかな楽しい
 散歩でした。

 避難小屋に還ってきたのは4時過ぎすぎでしたが、うっかり、避難小屋でありながら下界と同じような
 生活環境を実現してくれる、愛好者みなさんご愛用の「座卓」の存在をま忘れたまま、板敷で夕飯をつ
 くって食べてしまいました。長年の習慣は抜けないものので、この山行で当分、あの避難小屋を使用す
 る機会はないと思うと残念至極です。

 小屋外の気温は日が落ちても21℃。しょせんは1700m程度の亜高山帯ですので暑くてたまりませ
 んでした。夏用のシュラフを敷いただけで、中には入らずその上に5時半にはごろ寝しそのまま寝入り
 ましたが、蒸し暑くて夜10時半には目覚めてしまいました。昼間は暑そうなので、ヘッドランプをつ
 けて11時半に出発。さすがに夜間はバリ線ルートを下りるのは危なそうなので、かといって巻き道も
 つまらないので尾根通しで天目山にまで行き、一気に一杯水からヨコスズ尾根を東日原BSまで下りて
 しまいました。

 BSには午前3時半前には早くも到着、BSのベンチで仮眠をとりましたが、明け方、蚊の襲撃を受け
 て目が覚めてしまいました。6時53分だったかの奥多摩駅始発が来るまで長かったこと。ちなみに、夜
 なら涼しいかと思いましたが、日差しこそないものの蒸し暑いのは変わらず、星空がきれいだったこと
 くらいしかメリットはありませんね。やはり夏は森林限界を抜かないと山に登った気がしません。

(追記)
 非常食として餅を置いておいた旨の記載が小屋ノートにあり、実際、確認しました。ご苦労さまです。で
 も、本当に息も 絶え絶えにあの小屋に避難してきた人には餅は「非常食」にはならないような気がしま
 す。そういう遭難一歩手間の人は餅を焼く余裕はありませんからね。大体、ストーブは持っていても餅を
 焼けるような網までもってきている人は遭難一歩手前まで行くような人にはいないと思いますね。要はカ
 ロリーおよび適度の糖分、塩分を摂取してこそ非常食ですから、別に空腹を満たせば非常食になるとは限
 りません。今度あの小屋を小生が利用する機会がありましたら、いつになるか分かりませんが「これが非
 常食」というのをまとめて寄付しておきます。
 なお、将来、私が寄付するものについては、別段、文字通り「非常食」として使用されるなら、使用した
 方は後から補充する必要はありません。なんといっても「非常食」なんですから。ただ、今後は参考に、
 自分のザックに忍ばせてくだされば結構です。まったく荷物にはなりません。
 

酉谷山界隈での遭難事故

 投稿者:老少年  投稿日:2014年 7月17日(木)05時30分12秒
編集済
  Nさんのお話で、埼玉県警の山岳救助隊ニュースを見てみると県内の遭難事故が意外と多いのに気付きますね。
その中で、熊倉山からの下山中に日野コースで迷って下りられず、宗屋敷尾根に出てしまって救助され
たという人の体験記は、秩父界隈の山での道迷いの特徴のような気がします。この方は尾根に取り付くとき
に地図とコンパスで確認すればよかったと言っていますが、現在地が分からなければ、それらは無用の長物
でしょうね。ということで私は山ではGPSを多用していますが、その前にちょっとでも雰囲気がおかしいと
思ったらすぐ引き返すようにして、これまでどうにか無事にやってきました。

週末に酉谷山に泊まりで行くつもりでしたが、翌週に北海道でのテント泊縦走(4泊)が控えていますので、
泣く泣く自重です。
(画像:長い長い尾根の高山植物に囲まれた、たった一張り分のテント場で)
 

熊倉山での遭難を考える

 投稿者:埼玉のN  投稿日:2014年 7月15日(火)23時25分36秒
  埼玉県警察の山岳救助隊ニュース平成26年夏号(pdf)が更新されていたので
読んでおりましたら、平成24年の8月12日に秩父の山で行方不明になった方が
今年の5月11日に熊倉山の地獄谷の支流で発見されたとの事。
今年の5月24日に熊倉山経由で酉谷山避難小屋に行ったときに熊倉山城山コース
の入り口に花が供えられていた理由が分かったのでした。

行方不明当時の午前9時47分に西部秩父駅周辺で目撃情報があったとの事で、
熊倉山への入山はかなり遅い時間であったと考えられます。
ここからは勝手な想像ですが、午前11時~12時の間に熊倉山の日野コースか
城山コースから入山して熊倉山へ。白久の鉱泉に立ち寄る為に林道コースを
下った(今現在の情報では谷津川館の立ち寄りは午前11時半~午後2時半。
みやこ旅館は立ち寄りをやめている。入浴時間を調べていなかった?)。
暑さと疲労と午後3時過ぎの樹林帯の薄暗さで下りの谷で足を滑らせ・・・。
家族に行き先を告げおらず、遅い入山時間から考えると、西武線の車内で
”山と高原地図”を見ながら何処に行くか決めたのではないかなと。

何故しつこく検証をしているかというと、平成24年に熊倉山に初めて登り、
その年は熊倉山に合計4回登ったので、何度も行方不明の看板を見ていたか
らです。ずいぶんと遅い時間に秩父の山に登るなぁと秩父の山初心者でも分
かるくらいだったので記憶に残っていました。

気分を害された方がいたらごめんなさい。思うところがあったので書かせて
いただきました。
 

小百合さまに逢うために・・・!

 投稿者:老少年  投稿日:2014年 7月 8日(火)16時41分14秒
編集済
  埼玉のNさん、行ってきました雨(ガス)の浅草岳&守門岳。守門岳は大岳まででしたが、いずれ
も長年逢いたいと思っても行くことができなかったヒサメユリ鑑賞のための登山でした。標高
1,600mに満たない、ということは酉谷山より低い山なのに、雪渓はあちこちに残っており、特に
浅草岳頂上手前は大きな雪渓に覆われていました。

当初予定の山は平標山~谷川岳~茂倉岳だったのですが、同じ雨ならヒメサユリを見なくちゃ損々
ということで、急きょ行き先を浅草岳に変更したのでした。湿度100%の山を登るのは誠に
つらいですね。でもそこは、小百合さんに逢うためには我慢我慢と言ったところでした。

梅雨明けはまだまだ先のことでしょうから、梅雨の終盤にもう一度、たとえ土砂降りでも行きた
い酉谷山避難小屋。のんびりと一人静かに楽しむためにはやはり大雨が降らなきゃだめかもしれ
ません。Nさんも梅雨明けを待たないで行きましょう。小屋がNさんの訪問を待っていますよ。
(画像上)守門岳
(画像下)ヒメサユリ
 

花の命

 投稿者:埼玉のN  投稿日:2014年 7月 7日(月)21時48分29秒
  管理人様いつもお世話になります。

浅草岳と守門岳のアップダウンが多いとの事で国土地理院の地図を見ていましたら・・・
初めて見ました、万年雪の地図記号。本州の1000~1500mの標高でも万年雪があるんですね。
守門岳浅草岳登山マップというのがあったので見ましたが、水場が沢山あって水に困らな
さそうだなと最初に思ったのは酉谷山避難小屋の水場状況に一喜一憂しているからかも。

ともかく雨の中お疲れ様です。修行僧ぶりに思わず笑みがこぼれてしまいました。
管理人様には「花の命は短くて(チャンスを逃さず見に行くためには)苦しきことのみ
多かりき(のもしょうがない)」といったところでしょうか。
 

梅雨どきの山

 投稿者:老少年  投稿日:2014年 7月 6日(日)19時11分39秒
編集済
  埼玉のNさん

梅雨どきの降雨で山に行けない時にそういった登山の方法もあるとは、思いもつきませんでし
た。と言いながら、先々週も先週も今週も雨の予報の中、そして実際に雨の中、山を登っていた
のでした。まるで難行苦行の修行僧状態でしたね。しかし、そこは花を探す、花を見るぞとの
意気込みがそんな苦行を耐えさせてくれたのでしょう。

あれこれ細かいことは無視して登山口まで行ってみる、行ったら登ってみるといった感じで頑
張ってみた結果、今週末の浅草岳では、誰一人と会うこともなくヒメサユリをたっぷり鑑賞する
ことができたのでした。

 

昨日は映画鑑賞

 投稿者:100wat  投稿日:2014年 7月 6日(日)06時18分43秒
  老少年さま

 昨日は「春を背負って」とみてきました。あれは立山の大汝休憩所ですね。懐かしかったです。

 さて、梅雨時は山岳書の渉猟もいいものですね。山田哲哉さんの本は熟読しました。地形図を横に置いて眺めるとまた一段と面白いものです。ところで、避難小屋に置いてあるような毛布、寝具類は使用しません。座布団代わりにせよ、マット代わりにせよ利用しません。営業小屋であればちゃんと定期的に陽光に干すなどメンテナンスされていますが、いくら酉谷避難小屋愛好者の方々とといえそこまでやられていないのでしょうか。

 ダニは馬鹿にできません。小屋自体は清潔に保たれていますが、体はもちろんザックや衣類その他にダニが付着したまま小屋に入る恐れは十分あります。小屋に入るときは、ほかの利用者に迷惑をかけてはいけないので、全身からザック類まで点検します(基本的に全部脱いで着替えなら点検します。女性がいるときは外でやります。冬はつらいです)が、幸い噛まれてはいませんでしたが、ザックにマダニが付着していたこともありました。特にマダニの恐ろしさはよくご存じのことでしょう。そのまま備品の毛布類を使うと私が被害に遭うのはともかくほかの利用者に迷惑をかけかねません。

 マダニのすべてがウィルスを媒介するるとは限りませんが、実際、噛まれたこともあります。市販の虫除けスプレーの効果も奴らにはそほど効果はないようです。また衣類の上からでも平気で噛みついてきて、何もしなkれば1週間でも噛みついたままたそうで、血で大きく脹れあがってきますから、比較的容易に気が付きます。

 本来、マダニに噛まれたらすぐに皮膚科に行くべきですが、山の中ではそうもいきません。幸い、私のレスキューバックには道具類ではメスがわりになる滅菌済パックに入った小さカッターブレードとピンセット、ポイズンリムーバー、滅菌ブローブ、薬剤では消毒薬からステロイド軟こうとキノロン系抗菌軟こう等が入っています(友人の医者にちょいと処方してもらった抗生物質や消炎鎮痛剤のボルタレンまで入っています)

 マダニを除去するのは専門医でないと難しいのですが、その時は部位が左二の腕だったこともあり(マダニは血を吸ってえらくでかくなっており、気持ち悪いことこのうえなかったです)、滅菌ブローブをはめ、カッターブレードで切開し、がっちり噛みついたマダニをまるごろ除去しました。後はポイズンリムーバで毒素を吸出し、ステロイド軟こう抵菌軟こうを塗り、念のため抗生剤(当然、マダニが媒介するウイル自体に抗生剤は効果ありませんが、切開したので部位の可能止めです)を服用し、滅菌ばんそこうを張って終了。えらい手間でした。

 幸いウイルスをもったマダニではなかったようで、潜伏期間を経ても、発熱や血小板減少症候群等の症状は出ませんでした。てなことで、私は小屋に置いてある毛布、寝具類は自分のためにもほかの人のためにも使わないことにしています。

 また、小屋のトイレ掃除、まことに頭が下がりますが、私は携帯トイレを携行していますので、小屋のトイレはついぞ使ったことがありません。持ち帰るのを基本にしています。ただし、もうひとつ、トイレといえば、こぶりのスコップがついた携行用のトイレットペーパーも持参しています。これは奥多摩小屋の主を長く務められた鎌仙人さんの推奨方法で、縦走路から離れた植生ににも影響を与えなさそうな場所を選んで、穴を掘って用を足したら、使ったペーパーはライタ―で燃やしてよく踏んで消したうえで穴に一緒に埋めてしまうことも時もあります。

 サルギ尾根の上に展望台があります。私はうっかりコンパスを落として、展望台の下に取りに下りましたが、あきれました。そこはゴミ捨て場とトイレ場と化していました。御岳山・ロックガーデンにも近いところですから、いろいろなレベルの登山者が展望台を利用するのでしょうが、あまりのことにあんぐりでした。

 毛布、寝具類を置いてくれた方は親切心からのことでしょうが、いずれにせよ、酉谷かからず避難小屋に置いてある毛布、寝具類はなるべく使わないことにことにこしたこはないと思っています。ちなみに私は、ロールマットは丸めたり畳んだりしてザックの外側につけたりしていません。ザック内側にぐるりとめぐらすように入れてから、ほかの荷物を入れています。(昔、先輩に教わりました。目からうろこでした)

 最近のザックは以前のよりデニールがどんどん薄くなり軽量化しており、強度に不安があります。私も長期縦走にはこれまでグレゴリーのバルトロ75Lを使ってきましたが、ザックの自重だけで2,5kigです。つい最近、同社のZシリーズの65Lに買い替えました。こちらは自重1.5kgもありません。生地からベルト、バックルまで至るところが軽量化されており、荷物もバルトロの20kig超は無理で18kg程度がリミットですがウルトラライトを心がければ3泊程度ならテント泊もなんとか可能です。ロールマットの収容方法も、生地補強や内部の防水効果につながっています。(学生時代のようにマックパックをしょって10日近く黒部の辺りをふらふらするのはもう無理です。「背負えるうちはいつまでも大丈夫」とお聞きになったようですが、私自身はやはり年齢相応の山行形態を選ばないと取り返しのつかないことになりかねませんと思っています。これは統計上も明らかです)

 さて、いつものように長々、駄文をしたためましたが、①小屋にある寝具、毛布類を使う際は害虫に十分気をつけましょう②トイレはなるべ携帯式のものを携行しましょう③ザックの外にあれこれぶら下げるのは素人くさいからやめましょう(竹内洋岳さんのようにさえぎるもののない8000メートル峰を登攀するのと奥多摩はわけが違います。ザックの雨蓋をあげてはさんだり、ザック横や下部にマットをぶら下げていると何にひっかかりバランスを崩し転倒、滑落するか分かりません)

 最後にこれは私のまったくの個人的感想ですが、避難小屋の装備をそれほど充実させることはないのではないでしょうか。私にとって、山は山があれば十分で、街にあるものは街にあってこそいいように思います。避難小屋はちょっと不便なくらいでちょうどいいのではないでしょうか。

 老少年さん、これは「そんなことを言っていると、バイオトイレのメンテや掃除用の箒すらおけなくなる」といった話とはちょっと次元の違うことだと思います。そういうことは小屋を清潔に保つためのことですから私も含めみなで協力してやることだし、そのために必要な用具類はまったく別の話だと思います。

 しかし、少しでも街にいるような環境によい近い快適環境を望むなら営業小屋を利用すべきではないでしょうか。あるいはテント泊で自分が快適に過ごせるよう工夫することをみなさんにはお勧めしたいと思うのが正直なことろです。仮に酉谷避難小屋であれば、一足伸ばせば雲取山荘も三条の湯もあります。そういうところを利用するように工程を組めばいい。

 ただし、あの座卓は老少年さんのお話ですと当初から備え付けられていたものだそうですので、次に利用する酉谷避難小屋を利用する機会があり、私一人でしたら遠慮なく板の間に上げて使わせていたただこうと思っています。なんか山ではなく家の居間にいるようで最初は慣れないでしょうが、ストーブを使って食事を作るときなど便利でそうです。なお私はほとんど山で飲酒しません。スキットルに大好物のスコッチ「ラフロイグ」を持っていき、ちびちびやりながらipopでブルックナーを聴いているうちに熟睡です。

 (追伸)ことしは、妙にブヨが大量発生しているように思いませんか。あれも噛まれるとなかなか治らず、たちが悪いです。これから半袖のシーズンになると思いますが、できればトレッキングシャツは半袖でもアンダーは長袖を着て、防虫スプレーを全身にかけ、暑かったらアンダーをめくるくらいにしといた方がいいかもしれません。ブヨはタニと違って露出部を噛みますから、できれば薄手のグローブをした方がいいようです。前回、沢沿いをトラバース気味に上がっていきましたので、防虫スプレーはしていたのですが、ブローブをしていなかったため手のひらをたくさんかまれてしましました(ま、ブヨは水が汚いと発生しませんから喜ばしいことではあります)。

 私はかゆいほかは気になりませんが、ブヨに噛まれると赤くはれて固くなり、いつまでも跡が残ります。女性は注意された方がいいですね。ブヨはすぐに症状が出ません。おそらく下山した後、翌日あたりから猛烈にかゆくなったり赤くなります。即皮膚科に行かれることをお勧めします。
 

図書館登山

 投稿者:埼玉のN  投稿日:2014年 7月 4日(金)21時20分22秒
  梅雨まっさかりで週末の天気の悪さにうんざり。そんな時は地元の図書館に行きましょう。
技術本・ガイド本・地域の歴史本。絶版の本に出合えます。
埼玉県在住なら埼玉県内図書館横断検索というサイトで埼玉県内の図書館にある蔵書が検索
できます。

今週末も天候不順で図書館登山になりそうです・・・。
 

功罪相半ば

 投稿者:老少年  投稿日:2014年 6月30日(月)22時23分43秒
編集済
  Watさん、
酉谷山避難小屋の一夜を、同宿者と和気あいあいの雰囲気で過ごすことができたようで何よりで
したね。

現在小屋の棚には取りたてて不必要な物が過度に置かれてはいないはずです。なにごとも功罪相
半ば一枚の銀マット、一枚の毛布に助かる人もいることでしょう。道迷いして小屋に2夜逗留し
た人のノートの書き込み&ブログを見ると、そのようなことが思い至ります。

ましてや酉谷山避難小屋は、「避難小屋」です。多少の物品が置かれていることは規則と現実の
はざまの出来事、要は程度問題ということもあるでしょう。そうでないと見方によっては、今
小屋に置かれているサンダルもハンガーも箒もチリ取りも雑巾も何もかもダメかというと、これ
らがあることによって、大いに助かっている反面もあります。

最近の酉谷山避難小屋の様子は、添付した以前の2年間に写した画像のものと大きくは変わりま
せん。きちんと整理して収めればこのような光景になりますので、現状でもすっきりしていると
思います。小屋で楽しく過ごせるよう、潤いが失われるようなことがないように、気付いたこと
をそれとなくやるのが粋ですね。
 

ホテイアツモリソウ

 投稿者:老少年  投稿日:2014年 6月30日(月)21時47分49秒
編集済
  掲示板のタイトル画像としたのは、自生地のホテイアツモリソウです。
この山には、その植生を保護するために様々な施策が執られていて、ホテイアツモリソウを始め
とする高山植物群がまるではるか以前からあるがままの姿で咲いていましたよと言わんばかりに
大らかに咲き乱れています。
この山に登るのは、ホテイアツモリソウを見ることを大目的としていましたから、それ以外の花
ばなにあまり目が行っていませんでしたが、いまこうして画像を見て振り返ると、ホテイアツモ
リソウの周囲には多くの花が咲いていたことが分かります。

このような風景があること自体が不思議ですが、もし別の世があるとすると、こんな場所なのか
もしれません。いかにも平和な風景ですが、その平和ないっときを得るためには、雨や嵐や厳寒
の季節をどうにか乗り越えなければならなかったのでしょう。そのような苦難を乗り越えた花ば
なたちは美し過ぎます。


 

いい方たちでした!

 投稿者:100wat  投稿日:2014年 6月29日(日)18時59分38秒
  老少年さん

 誤解があるといけません。小屋にいた方たちはものすごく紳士的ないい方たちでした。宴会といってもこちらが荷物を開けている7時半にはお開きで、8時前にはおやすみになり、その際、「夕飯もまだでしょうから私たちのことは気にせず、遠慮なくやってください」と、遅くついたこちらが恐縮するような言葉をかけてくださったくらいですから。あの方たちにまったく文句も何もありません。私は酉谷避難小屋で同宿者がいたのは初めての経験でしたが、むしろ「初めてだけど、いい方たちが同宿でよかったなあ」と思ったくらいですから。別に座卓や毛布を座布団代わりに使っていたことなど不愉快でもなんでもなく、ただ「こんなものがあったっけ」と驚いただけですから。残念ながら内部から入口付近を撮影した昔の写真は見当たりませんでしたが、たなの上はもっとすっきりしていた写真はありました。たなの上のものが増えているのは確かなようです。そうですか、あの座卓も鍋やフライパンも昔からあったのですか。不明にして私はまったく気づきませんでした。

 しかし、一杯水の半纏と布団はげせませんね。あれは私が記憶をいくらさかのぼってもなかったように思います。近くで見てもそれほど前に置かれたものではありません。一杯水に住み着いた強盗の話は有名ですが、その筋の方(といっても警察の方ですが)の話によると、消費者金融ローンの追い込みから逃れて避難小屋に住み着いてしまう人もときどきいるそうですが、あの半纏も布団も小屋の修繕等に当たる人がいちいち装備を持ちあがるのが面倒で置いてあるのでしょうか。私の知っている山仕事の方々はそんな柔な人たちはおりませんので、半纏、布団はミスマッチです。

 気味悪がる方がいると申し訳ないのでどことは具体的には記しませんが、借金取りから逃れるために一家で寝具まで担ぎ上げ、某避難小屋に住み着いたまでは良かったが、結局、食べるものもなくなり、近くの水場で一家全員死んでいた―という話も聞いたことがあります。今はログハウス風に新築された鷹ノ巣避難小屋も、建て替え前のブロック積み時代には気味の悪い話があったそうです。こちらは中学生の時、そのブロックを担ぎ上げるアルバイトをしていた麓の方に聞きました。建て替えられているので私は気にしませんが、以前の小屋で何があったか聞いたら、人によっては一人で泊まる気にはならないでしょう。林業従事者にせよ山関係の工事関係者にせよ、私が知っている方々はそんな柔な人たちではありませんのでピンときませんが。

 さて、話は変わりますが、ブーツの手入れです。雨天山行時の身支度、足ごしらえを記した一文を読んでも老少年さんが「ずぼら」だとはとても思えません。オイルドヌバック化のメリットはメリットとし(なにせSIRIOは、老少年さんが多分ご愛用のFシリーズをわざわざオイルドヌバック加工し商品化して販売しているくらいですから)、今回はデメリットを少々。

 第一に、オイル加工自体はもちろんですが、帰ってからのメンテもそれなりに手間暇がかかります。山行から帰ってくると写真上のような有様になります(もちろんオイルドヌバック加工をしていないブーツも一見すると分からないだけで同じように汚れ、傷つき、ヌバックの起毛部では雑菌が繁殖しまくり、バサバサになって短い生涯を終えます)が、これを写真中のように復活させるにはそれなりに面倒です。写真下のようなテキスタイルのブーツを一度使ってしまうと皮革ブーツの手入れは面倒この上ありません。なにせこちらは普通のバケツに普通の液体洗剤を泡立てブラシでごしごし洗うだけですから、ものの30分で両足終了です。

 第二は、ものすごく長持ちすることの裏返しになりますが、お店で「このブーツ履きやすそうだなあ。いいなあ」と思うような新しいブーツが出ても、家には数年を経ても購入時とほとんど変わらないブーツがあるので、ブーツを新調するという楽しみがなくなることです。もちろん冬靴、3シーズン、アルパイン、トレッキングと目的別には購入するわけですが、なにせどれも履いているかいないか意識せずにすむほど足になじんでいますから、新調する理由が自分でたちません。でも、ほしい…。老少年さんのように、ヌバックスプレーや防水ナノスプレーをかけるだけにして、バサバサになるまで履いて買い替える方が適当な時期に適当に物欲も満たされていいかもしれません。私のブーツ群はこのままだと、私が足腰が立たなくなり山歩きどころではなくなっても使えるかもしれません。

 第三は、やはり自分で加工する際はそれなりのコツがあります。丸洗いした後、ヌバックスプレーを噴霧するわけですが、ときどき、ブラッシングして土ほこりを落としただけで、スプレーを噴霧している方がいます。きちんとオイルを皮革に浸透させるためには、本来、片足で一本くらい使う必要がある―というのがその道の方の見解です。奥多摩行のJRに乗っていると、時々、土ほこりをおとすだけで大量に噴霧しているのか、すごくムラになったヌバックを履いている方がいます。それと同じで、きれいにオイルド加工するのはそんなに簡単なことではありません。またオイルド加工はしていても、表面につやが出ていない方もいます。これはあきらかにワックスの塗りすぎとブラッシング不足です。

 ひとつ、ふたつコツを記すなら、まずスポンジにたっぷり水を含ませブーツ全体にむらなく均等かつ十分に水を含ませることです。その上で防水ジェルをのばし、徹底的にブラッシングします。ここでムラが生じているようなら、水の含ませ方が不十分だったか、防水ジェルの塗り方にムラがあったかブラッシング不足のどれかです。この段階でムラを残したままヌバックローションを塗ってワックスをかけていっても最後までムラが残ってしまいます。

 友人が失敗したブーツの加工をやり直してあげたことがありましたが、なかなか面倒です。ステインリムーバーを使って、お湯を含ませたブタ毛の固いブラシでワックスを一度きれいに落としてから一から加工しなければなりません。

 さてワックスを塗りのばすところまでうまくいったとしましょう。基本は徹底的にピカピカのすべすべになるまでブラシをかけるわけですが、ときどき、手の親指の付け根辺りでギューギューこすってあげます。また、初めてだとどうしてもワックスは十分乗っているのに、ピカピカしてこない部分が見つかり、ワックスが足りないと勘違いしてさらにワックスを足してしまう方がいます。ブラッシングしてもくもっているような個所は、足りないのはワックスではなくブラッシングです。そういう場合はブラシをおき、ブーツを履いて女性が冬場に履くような厚手のストッキングで思い切り磨きます。すると摩擦熱も加わって、余分のワックスがきれにとれてほかの部分と同じようにピカピカのスベスベになります。(もちろんブーツ全体もピカピカになります)

 最後に防水ナノクリームを全体にのばし、さらに同じようにブラシでごしごし、手のひらでギューギュー、ストッキングでさらにごしごしやると完成。ピッカピカになります。2、3日よく乾燥させてから、ヌバックローションを塗る工程から同じように加工します。そしてまた乾燥。さらにヌバックローションを塗ってワックスをかけて…と3回やります。

 ここまでやって履いて出ます。一度、この加工をしてしまうと後は、山から帰ってきてソールからアッパーまで丸洗いしてちょっと乾かしてブーツを眺めると、例えば一昨日のように本降りの中を歩くとワックスが抜けている個所が目につくことがあります。そういうところと、傷になったところに薄くワックスを塗り、防水ナノクリームを塗ってブラッシングするだけでOKです。しかし、この手間もなかなか面倒といえば面倒です。特にこの時期は湿度が高くなかなかワックスが乾きません。

 ちなみに、上野にある「とらや」という登山用品店ではローバー・タホーはお店ですべてオイルド加工したものを販売しています。店員さんに「珍しいですね」と尋ねたことがありますが、「だってヌバックはこうやって履くようにそもそも作られてるんですよ」ということでした。私もなかなかうまく加工しますので、バイトでやとってほしいくらいです。

 第四は、ブラシ等メンテナンスに使う道具類のメンテナンスが時々必要になることです。ブラシに残ったワックスはビジネスシューズや家内のブーツを磨けばピカピカにしてくれますが、それにしても時々、お湯と選択洗剤でブラシからワックスを落としてあげる必要があります。同時に、必要なメンテナンス剤(防水ジェル、ワックス、防水ナノクリーム等)を補充しなくてはなりません。こう何足もローテーション、山域によって使い分けていると、結構な早さでなくなります。私はコロニルの製品を使用していますが、ひとつひとつなかなかの値段です。

 デメリットといえばこんなところです。しかし、年齢を重ねても新しいことにチャレンジし、しかも、道具を大切に長く使ってみるのも、大量消費、使い捨てのこの時代に悪くないことだと思います。誰だったか「よく手入れしたブーツには神が宿る」といっていますし。
 

酉谷山避難小屋

 投稿者:老少年  投稿日:2014年 6月29日(日)13時17分2秒
編集済
  Watさん、

天気はよくなかったものの、充実した山歩きを楽しむことができたようでよかったですね。
私も賀郎橋から板形尾根を登り降りしたことがありますが、モノレールが走っていることと、同
じ小川谷林道を歩くなら、上段歩道のほうが気に入っているので最近はご無沙汰しています。

三又から酉谷山へのルートも、今は小川谷林道の通行が禁止されていることから薄くなってしま
い、旧酉谷山小屋から少し上がって右の尾根へ、次いでいったん下って登って左の尾根と言うと
ころがルートをロスしやすいところではないかとみています。

今回の小屋では陰陽両面のご感想を持たれたようで、それも日常の社会の一面ですね。細かいこ
とを突き詰めると、今は周りから人が逃げてしまいますから、ひとりごちるのが精神的にもいい
ですね。

通行が認められていない小川谷林道は、道路交通法により3月以下の懲役又は5万円以下の罰金
が用意され、警察官でなくても私人が現行犯逮捕できる罰条ですが、(幸いに?)歩行者には適
用されないので、打首獄門にはならないので安心です。ただ、都道ですから都の道路交通規則な
どの条例に何らかの科料程度の決まりごとがあるかも知れません。

・・・と知ったかぶりをしてみましたが、小屋ライフで多少違和感ある光景を目撃したとしても
それは愛嬌と受け流すことができたら精神的にいいでしょうね。この小屋を愛するがゆえに多少
の備品が置かれたとしても、そしてそれをけつの下に敷いたとしても(マナーとしてどうかとい
うようなことは別として)許容範囲との度量の見せ所です。

今のままの社会には、ほかの避難小屋のような鼻を付く異臭をなくそうと個人登山者が身銭を切
って買ったバイオトイレ消臭などを置くことも禁止と敷衍されかねないような幼稚な風潮がない
とも言えません。銀マットにしても一時より整理されて破れて使いものにならないようなものは、
気付いた人が整理して、修理し、だめなものは下されています。

座卓については、たぶんこの小屋の工事の人が端材で作ってくれたのでしょう。私が酉谷山避難
小屋を使うようになった2010年の画像に座卓が映っていますし、収納箱は工事関係者の次の
作業時の収納のためであって、鍋(前は七輪もあった)などもそのためのものであることは、残
置された食料等の種類や量からも明らかで、一般登山者や宴会登山者が持ち込んだとの見方はで
きかねるものと思います。

それよりなにより、その収納箱の食料が少しずつなくなっていって、今では何もかもが持ち去ら
れたか食い尽くされたというような、本質的なことのほうがこの小屋を使う者にとってのマナー
としてトピックになってもいいのかなぁと思うのです。

ゴミについてもしかり、残置のごみがてきめんに少なくなったのは(一杯水もこの1年ほどから
そのようです)ここ2~3年の話であり、トイレの清潔さが恒常的に保たれ今のような光景が日
常風景になったのもそんなに昔の話ではないと思っています。私自身も最近、小屋のごみを下ろ
すことはほとんどなくなりました。多くのひとがボランティア的精神でこの小屋に献身している
ことは尊重されるべき出来事ですね。

あれこれ長くなりましたが、フレンドリーな人たちが明るい声で迎えてくれたということは、
ぎすぎすした社会では慶事と言えることです。仲よく楽しくおいしく酒を楽しんでいることが、
いわゆる宴会騒ぎの宴会とは思えませんし、軽く談笑しながら味わって飲むお酒は肯定されてい
い、和やかな情景ですね。hanajirosangakukaiの所業のような情景でなければ、平日の酉谷
山避難小屋のトピックとしては、この小屋を愛する人には受け入れられてもらえる範囲のほほえ
ましい光景として、私は首肯します。潤いがあっていいですね。

(画像1)2010年の座卓のある光景
(画像2)2010年のごみ下しの光景
 

久々の酉谷避難小屋

 投稿者:100wat  投稿日:2014年 6月28日(土)23時55分3秒
  老少年様

 前回宿泊から3年近く経つでしょうか。久しぶりに行ってきました、酉谷避難小屋。
 バリルートマニアとしては、O川谷林道の通行止めがいつまで続くのか。解除の
 目安というか基準はどこに置いているのか。じーっと待っていたんですが…。

 確かに通行止め当初は人形尾根を歩いていても絶えずガラガラと燕岩、籠岩方
 面から落石の音が聞こえてきましたが、しばらく前に籠岩コースを偵察に行った
 際は静かなものでした。

 で、昨日金曜日、奥多摩駅バス停に張られた「常識的な行動を」の張り紙に「すま
 ん。十分注意するから通らせてね」と手を合わせ、出発。通行止めゲートの前で10
 分間、耳を澄ませて様子をうかがっていましたが、静かなものでした。「じゃ、自己
 責任で通らせてもらいます」と一石神社の石仏にあいさつし、ゴー。

 そう何度も禁をやぶるのは気が進みませんので、一気に2本片付けてきました。
 まずは賀郎橋を渡ったすぐ横からハンギョウ尾根へ。この尾根は長沢背稜に直登
 していく尾根で、天目山のやや西にある板形ノ峰に達します。ここから七跳山、さら
 に酉谷避難小屋を左手に見て、どんどん長沢背稜を西へ進み喜右衛門尾根を三又
 まで下降。三又から今度はかつての登山道だった酉谷沿いの谷あいを北へ酉谷避
 難小屋へ向けて登り返しました。

 しかし、谷の中がガスでいっぱいになり、足場は悪いし標高はなかなかかせげないし
 歩きにくいことこの上なし。そこで尾根に乗ろうと双眼鏡を取り出し上部を観察しました。
 西へ向かう枝尾根は見つかるのですが、なかなか北へ上がる尾根が見当たりません。
 酉谷の源流付近(実際の源流は地形図よりずっと北へ伸びています)で、やっと発見。
 尾根によじ登るのはなかなか大変でしたが、狙い通り酉谷避難小屋からさほど離れて
 いない地点で長沢背稜に上がることができました。

 ぐるぐる長沢背稜を回ったせいで夜7時近くになりましたが、無事、避難小屋に到着。
 人の気配がするので、「遅くに失礼しまーす」との扉を開けると、「どうぞ~」とフレンド
 リーな声で男女3人の方が迎え入れてくださいました。が、なぜか他人の居間に入り
 込んだような妙な感じが…。そこにはなかなか立派な座卓を囲んで夕食、宴会真っ最
 中の方々がおりました。座卓? そして座布団代わりにみなさん毛布をお尻の下に敷
 いておられます。座卓? 毛布? そんなものあったっけ? 思わず「座卓まで担ぎ上
 げてこられたんですか」と尋ねてしまいました。

 「いやその上にあったんですよ」と言われた先は入口左手の道具入れの木箱の上(
 写真上)。そんなのありましたっけ? 老少年さんならご存知でしょう。見回してみると、
 棚の上とかなんだかいろんなものが増えているいるようないないような。以前は収容
 人数オーバーで土間で寝ることになった際に重宝しそうな厚手の銀マットが2、3枚あ
 っただけのように記憶していますが。

 翌朝、同宿のお三方をお見送りし、掃除しながらじっくり観察しました。これまで開けた
 ことがなかった木箱の隣の収納箱も開けてみました(ちなみに収納箱の上、小屋ノート
 の隣に放置されているのは要冷蔵の食品を持ち歩くための銀張り断熱手提げです。こ
 いつは明らかにゴミだ! 持ち帰れ!)。そこには大きななべが数個とフライパンが占拠
 し、鎌やら肝心の小屋回りの手入れをする道具類が肩身が狭そうに収納されていました。
 (写真中)

 座卓まで運び上げたご努力には感服します。しかも木箱とサイズがぴったり。また大きな
 なべやフライパンをしょって、この避難小屋で大人数で楽しく宴会を開こうと担ぎ上げたこ
 とにも、私の理解は超えていますが、ご苦労がしのばれます。

 棚の上のマット類もいくつも増えています。確かに毛布も何枚か積み重ねてありました。
 この種のものはあれば確かに役に立つかもしれませんね。実際、同宿したお三方も断熱
 マット代わりに毛布をありったけ床に敷き並べてシュラフを使っていましたから。

 しかし、あえて言わせていただきます。

 「こらっ、どこの山岳会だか誰だかしらないが、すくなくとも鍋や座卓はすぐもって帰れ!
 どうせ、また大人数で押し掛けて宴会開こうという腹で置きっぱなしにしてるんだろう。
 そんな奴らはくるな! それとな毛布とかそんなもんに相当するもん、たとえばマットとか
 はな自分でもってくるもんなんだよ。自分たちの別荘かなんかと勘違いしてないか。そん
 なことだから都レンジャーが利用実態調査を始めたりするんだよ」

 もうひとつ、一杯水の避難小屋に綿入り半纏やら布団を置いているは誰だ(写真下)。以
 前、一杯水に強盗が住み着き大騒ぎになったが、また強盗野郎か? 覚えがある人はさ
 っさと撤去してほしいね。気持ち悪くて泊まれない。昔のストーブがあったころの一杯水避
 難小屋が懐かしいわ。

 そうそう、酉谷避難小屋の水場、快調でした。ゴムの誘導シートもちゃんとついていました。
 あれは老少年さんのお骨折りでしょうか。そうであれば、いつもありがとうございます。

 禁を犯して通行してはならない道を歩いた”非常識人”の私が言うのも憚られますが、座卓
 に鍋、フライパンはちょっとひどいと思った次第です。┷
 

お花畑

 投稿者:老少年  投稿日:2014年 6月23日(月)21時54分7秒
編集済
  Watさん、チューサンさん
こんばんは!

そうなんですね。1960年ごろに発行された山のお花畑の本を見ると、奥多摩にもアツモリ
ソウが鎌で刈れるほどいっぱい咲いていたようです。確かに人による盗掘の被害もあるでしょ
うが、石尾根の状態を見るまでもなく、鹿の食害が最大の要因ではないでしょうか。これまで
のアツモリソウの探索結果からは、そのように見ています。ただ、数の少ないところでは盗掘
が主因だったのかもしれません。

関東の山でたった10年前に40株ほどネゴ削ぎ盗掘して警察に逮捕された輩がいるように、
絶滅したと思われる山にもそんなに残っていたということは、被くなくても残っていいはずで
す、人間がいくら盗掘しようがアツモリソウに最適な植生であれば種子が芽生え数年後には開
花株になってもおかしくありません。

しかし、鹿は芝刈り機で芝を刈ったときのように徹底的に食するので、石尾根にしても熊ノ平
や北荒川岳の草原に見られるとおり、かつてアツモリソウがあったところは、徹底的に植物が
餌食になり、残っているものは食圧で矮小化しています。ちょっと現場を見ていればそんなこ
とはすぐに分かるはずだと思うのですが、なにもせず放置しておいた責任官庁の不作為は、そ
ういった意味では犯罪的であると言わざるを得ないでしょう。

いまごろになって、ちょっと押せば倒れるような網を巡らしたところで遅過ぎますね。これが
私たちの国のあらゆる現実の一面ですね。追い詰められるまでは何もしないで、やられてから
では被害は回復しがたいほど甚大になるというのが分からないのは、困ったものです。

今回行った仙丈ヶ岳も文獻を見ればキバナノアツモリソウの植生地だったということですが、
もうしばらく前から丸裸で、そのようなお花畑が昔あったっけというほどの変わりようのよう
です。それでも、一縷の望みをかけてどこへでも一回は探しには行きますが、夢だけは見てみ
たいという気持ちで山に入っているのでした。

Watさん、靴の手入れについて研究したいと思いますが、不精なもので・・・。

 

昔の石尾根

 投稿者:チューサン  投稿日:2014年 6月23日(月)09時18分15秒
  老少年さん 100watさん  おはようございます

100watさんの「むかし石尾根はお花畑だった?」を、興味深く拝読いたしました。
私は1948年生まれで、初めて雲取山に行ったのは1966年3月でした。翌年から雲取山周辺の谷歩きをはじめ、夏の石尾根に上がると色とりどりのお花でいっぱいでした。あとでわかったのですが、ヤナギランは間違いなくたくさん咲いていました。夏の終わりにはマツムシソウが咲いていました。あのお花たちは鹿の食害、盗掘、酸性雨?などで消滅してしまったのでしょうか。南大菩薩の小金沢連嶺~湯ノ沢峠~破魔射場丸にかけての草原は当時の石尾根の植生に近かったと思いますが、近年こちらも急激に消滅の危機に貧しているようです。この写真は大倉高丸周辺のお花畑です。1970年代はむせかえるようなお花畑でしたが・・・・・・・
 

むかし石尾根はお花畑だった?

 投稿者:100wat  投稿日:2014年 6月22日(日)22時29分29秒
  老少年様

 山岳ガイドの山田哲哉さんの「奥秩父―山、谷、峠そして人」(2011年、東京新聞社刊)を読みました。
 山田さんは1954年生まれですので今年還暦をむかえられた(える?)ベテランガイドです。
 ネパールやヒマラヤの高峰はもちろんですが、小学生のころから奥多摩、奥秩父をくまなく歩き、この
 山域のことを知り尽くしておられます。本書の内容は、原全教氏の「奥秩父研究」に匹敵、いや、年代
 的近いこともあって原本より示唆に富んでいます。とても勉強になりました。

 小学生のころから始めた登山(中学に入学してほどなく奥多摩から石尾根縦走路・雲取山を経て奥
 秩父主脈縦走路を飛龍山から金峰山までツェルトを張って縦走されたようです)経験を基に、奥秩父
 を山、谷、峠、人-の4章に分けて今昔が書き記されています。

 もちろん二軒小屋尾根のことも出てきますが、ちょっと驚いたのは「あのころの雲取山は道々に花が
 溢れていた」という一節です。「あのころ」というのは山田さんが中学生だったころのことですが、「その
 ころの雲取山はいま思えばまさに『花の山』だったと思う。いまでは希少種といわれるアツモリソウが
 奥多摩小屋近くを中心に登山道の上まで顔を出していた。…ツツジの季節が終わると(石尾根の)防
 火帯は花で覆われた。そのころは花を大切にしようなんて思わないで済むほど次々と花が咲き、登山
 者は平気で花を摘んでノートの押し花にしたりしていた」-そうです。

 それがなぜ? もちろん鹿の食害もあるわけですが、本書を読むとそれほど単純な話ではないようで
 す。機会がありましたら、ぜひ一度手に取ってご覧ください。秩父側からアクセスすることが多く、草花
 にもお詳しい老少年さんの方が私より実感をもって本書の内容を理解できるのではないかと思い、ご
 紹介させていただきました。(すでにお読みかもしれませんが…)

 (おまけ)
 私はBeethovenと並んで(笑)、LOWA、hanwagなどドイツ系ブーツの愛好者です。奥多摩で時々、ス
 ポルティバのトランゴキューブとか履いて歩かれている方がいますが、あれはちょっと違う と思うな
 あ。あの靴は岩稜帯、アルパイン系です。ドイツ系だけでなくいくつかブーツを持っていますが、ソー
 ルにクライミングゾーンがあるトランゴは基本、土の上を行く奥多摩向きじゃないと思います。ソール
 のパターンや深さも全然、違いますし。安全登山のためにも山域にあったブーツで出かけた方がいい
 ように思います。

 写真は普段履きのLOWA PINTOです。こいつもヌバックで、ゴアの内張りはありませんから、たっぷり
 防水ジェルを革に浸透させWAX3回加工を施しています。雨の日も長靴並みの威力です。写真は加
 工後間もなくまだ完全に乾ききっていない状態(写真中)であり、加工前(写真下)と比べえらくダークブ
 ラウンがかってみえますが今はもっと薄い茶色です。通勤用にブラックを最近発注して到着待ちです。

 ベタベタ、ヌルヌルに見える? いえいえツルツルでスベスベでピカピカなんですよ!
 新しいSRIOでぜひお試しください。長持ちしますよ。LOWAのTAHOEーなんかソールを張り替え張り替え
 数年以上履いてますが、アッパーはピッカピカです。(ついこの前まで傷ひとつありませんでした。傷がつ
 いても帰って手入れすると、よほど深い傷じゃない限り消えちゃうんです)?
 

二軒小屋尾根

 投稿者:老少年  投稿日:2014年 6月19日(木)00時06分50秒
  Watさんがほれぼれの二軒小屋尾根の話をうかがって、是非ともこの尾根を歩いてみたいと思い
ます。晩秋~初冬に、あるいは新緑のころになるのかもしれませんが、奥多摩の自然林づくし
の尾根と言うのは非常に気になるところです。タワ尾根の上段歩道も先に進むと気持ちのいい
(準)巨樹が目白押しなんですが、大震災の影響で小川谷からは入れませんし、金袋山から巡
視路を下りるのも面倒です。

南アルプス林道の歌宿バス停で荷揚げのヘリを待っていた仙丈小屋の小屋番さんと、山と年齢
の話をしていたら、「テントを担げていたらどんなに歳を取ってもテントを担げるものだ。要
は年齢にかかわらずやるかやらないかだけのこと。」と話されていました。そういえば、酉谷
山避難小屋で同宿となる年配の人たちは、縦走装備で2泊も3泊もあるいはそれ以上の日程でや
っていますね。

私はテントは65歳ぐらいまでかなぁと漠然と決めていましたが、3月にテントを買い足したし、
5月の北海道でテントを担いで1日に14時間近く歩いたし、今回の仙丈ヶ岳(地蔵尾根)も12時間
歩いて実質的に1日で回ったし・・・、ということでテント定年の年齢を延長しようと思っていま
す。なお、Watさんからは、過分なお言葉を頂戴しました。ありがとうございます。
 

老少年さんは目標です!

 投稿者:100wat  投稿日:2014年 6月18日(水)13時00分34秒
   老少年さま
 老少年さんは、私のちょうど10歳先輩に当たります。私も10年後も老少年さんのように、パワフルに山を歩いていたいものです。老少年さんは、私の目標です。

 ご承知かもしれませんが、二軒小屋尾根は珍しくほほ完全に自然林の尾根であり、植生が素人目からみてもとても豊かです。

 環境省の巨樹の基準を満たしているか分かりませんが、尾根上には見事な巨樹が聳えています。ふかふかの腐葉土状になっており、芋木ノドッケ間近は芝生のような下草に覆われています。まだ調べいませんが、小さな黄色の花びらの花が群生しており、踏まずに歩くにはちょっと尾根を外さくてはならないほどでした。

 もちろん、芋木ノドッケから酉谷に回っても一泊というのもありでしょう。昨年は雲取山の避難小屋に泊まりましたが、えらく早く着き「これなら日帰りできる」と思った次第です。

 今回はいい気になって、日原林道の終点をさらに北へ伸びるトレースを追って天祖山の山頂に西腹からあがる尾根取り付きの偵察に出たり寄り道しましたのでちょっと時間がかかりました。後、長沢谷の渡渉ですね。渡渉点を探しに上、下流をウロウロしてしまいました。結局、木橋のあったあたりを突っ切りましたが、十分ご注意ください。

 では、お互い安全登山で!
 

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