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苦痛は、この物質世界にはない。

 投稿者:mitsouko  投稿日:2013年 1月 6日(日)15時35分25秒
  不快と感じる自己を、感じる自分の存在は、
自分で証明できるものか?

わたしの感情は、物質世界にはない。
他者の感情は、想像する自分の脳の中に存在するような気もするけれども、
なぜそれが、わかるのか?
なぜそれを、「在る」と感じられるのか?

わたしは、なぜ死ぬのか?
死とはなにか。


グラマトロジー・・・って、なあに?
 
 

明けましておめでとうございます。

 投稿者:現代思想  投稿日:2013年 1月 1日(火)21時13分2秒
編集済
  http://mitsu-z.blog.so-net.ne.jp/2007-09-23
それでは本題に入ります。

セルのプラモデルがあったとは知らなかった。そう!このセル完全体こそ私の教えを表現する
手段となったのである。西洋哲学は難解であるどころか!困難を重ね理解した出口は新たなる
困難の入り口であったのである。知識とは常識では無く変形するものである、同時に慣性も
常に変形するものであり、グラマトロジーである。

>「あの日にかえりたい」

「卒業写真」

・・・・・・・・・とてもいい歌ですね・・・・・・・

この件ですが、グラマトロジーのことだと思いますよ!私にはダークエネルギーのように不快です。
そして、グラマトロジーで在りながら自己である私...そのことが無意識にも歌に込められていると
感じました。

それと、おまけ。人の心と遠近法について...理解できるかな?....
http://www.youtube.com/watch?v=Uh6IjD5G7mY

深い意味を理解して恐怖を味わうがいい....あっははは...笑
http://pic.prcm.jp/gazo/WF/fnNdO0.jpeg
 

おひさしぶりです*

 投稿者:mitsouko  投稿日:2012年11月30日(金)05時09分43秒
  「あの日にかえりたい」

「卒業写真」

・・・・・・・・・とてもいい歌ですね・・・・・・・


人ごみにながされて、変わってゆくわたしを

あなたは ときどき 遠くでしかって・・・・・・・


「あなたは わたしの青春そのもの」

http://8245.teacup.com/mitsouko/bbs

 

前置き うわーーー

 投稿者:高明羅  投稿日:2012年11月29日(木)23時10分16秒
  専門用語を使わずに凄い説明が出来るもんですね。
勉強になります。
ありがとうございます。
 

ああああ

 投稿者:ああああ  投稿日:2012年11月23日(金)02時15分55秒
  前置き
この場合前提条件として神(死の後の世界も含む)は、存在しないというふうにしておく。これは別に神の存在を否定しているわけではない。生きる意味について考える際、この話のキーポイントに死が原因で人生に対して虚無的になるというのがある。しかし神がいるならこの虚無感は一気になくなる。何故なら自分より超越している神がいるからだ。ただその事を確信することは難しい。ある人は神は必ずあるというかもしれないが、私は見たことないものなど信じられない。勿論それと同じくらい私は信じられると言われるかもしれない。心配御無用、神がいないと考えて生きた方がメリットが多いから。もし神がいたら死んだ後に巻き返しが効く。いなかったら巻き返しが効かないからだ。なかにはもし神がいなくてもいると信じて死んでいきたいと言うかも知れないが、あいにく、私は見たこと、ないものなどいるかもしれないなどというあやふやな理由で信じるべきではないと思う。神なんかに頼らず自分の頭で世の中について考えたらどうだ。この神はいるいないに関わら
ずという条件で宗教の必要性、神への崇拝の無意味性を語るのは
を見てほしい。勿論批判もあなた様は感じると思うがこれについては、別件で処理してもらいたい。それでもくるようなら、この前置きは長くなるかもしれない。(理解を求めるため)
◆存在無用論
■人生は無意味である。
それは何故か?
・自分の蓄積したものが死の瞬間に一瞬にしてゼロになるからです。
・否、だから、この限られた時間を大切にいきるのです。
・大切に生きても、絶望的に生きても、最後には同じ結末を迎える。そこには懺悔、後悔、充足感、すらない。故に、どんなに考えようとも人生は無意味であってしまうのでは?
・仮に無意味であっても、現実にそこに私達の意識はある。だから、その得た時間を無意味にしてしまうのはやはりもったいない。例えると、一億使って、遊んで後に一億使ったことが事実ではなくなるか一億最初から使わないかの違いである。普通、前者を選択するべきだと思う。それに現実世界の場合、自分が死んでも人々の記憶に自分が残り続けることもあるわけだし、もしタイムマシンができたら、自分はその限られた自分が生きた、時間軸上では、永遠に生き続けられるのであるし、死んだって、自分の存在が完全におじゃんになるのとは、わけが違う。
・否、この限られた時間を大切にいきても、死の現実、虚無感は克服されません。以下に理由を証明する。『では、あなたが例えば、自分の一番大切な友人を生きている間に失ったとして、あなたは悲しみますか。
・多分悲しみます。
・普通、人間は一生涯ずっと大切なもの、例えば自分の一番大切な友人を失って嘆き悲しみ嘆き悲しみを繰り返します。その帰着点として生を失います。そうであるにも関わらず、人間は常に大切なものを失って悲しむくせに、生を失っても悲しまないのですか。
・悲しむかもしれません。
・故に人間は限られた時間を大切に生きようとも、死という苦しい虚無感を満足に埋め合わせることなど出来ません。人間が生を失って悲しむであろうことが、その証左です。(勿論、自らの死を自ら悲しむことは不可能。あくまで、死を目の前にした人間の意識の問題)あなたがそう言うことが出来る理由は現実逃避しているからです。証明終』
・否、虚無感は克服可能です。今の世の中を精一杯生きて、くいの無い死を迎えた人達だって沢山います。そういった人達がいることが、死は決して、現在の生を無価値にはしない、虚無感を克服できることの証左です。彼らは精一杯生きたからこそ、限られた生のなかで、現実世界に思い残すことはない、くいの無い一生を送れたのです。
つまり、総括すると、私達の生は限られている。だから私達は一度は絶望する。しかし、だからこそこの限られた時間を大切にいきる。そうしてくいの無い一生、と死を送るのだ。
・確かにあなたの言うことは正しい。しかし皆が皆、くいの無い一生を送れるのか。
・そうは思いません。僕は大抵、そのような人達はどんな社会状況であろうと限りなく少数派であると思います。
・その通りである。ではその少数派に該当している人達とは、例えばどのような人達を指すか?
・一般社会通念上想定されるのは、
①人一倍の努力で社会的に成功しようと努め、実際に社会的に成功した人達。
②自らの興味、感心に従って努力し結果的に社会的に成功した人達。
③平凡で一般的な家庭を築けた人達。
④大変な人生を歩んできたが、晩年には自分のことを大切に思ってくれる人達に囲まれて幸せに暮らしている人達。
である。
・では、それらに該当する人達が本当に幸せな生涯を経ているか、逐一分析して、虚無感を彼らが打破しているか探ろう。そして本当にくいの無い一生を私達は送れるのか探ろう。
まず①に属する人達についてだが、彼らはなぜ社会的に成功することに努めたのだろうか。
・それは社会的に成功する事を最高の美徳と考えていたからです。
・そのことを考慮し彼らについて再度分析すると、
彼らは社会的に成功する事を美徳と考え、故に日々そのことに精進し結果として目標を達成できた。故に彼らはくいの無い一生を送った。そういうことで宜しいですね。
・はい。
・私もこの場合に関しては死に関する虚無感という問題を克服していると思います。彼らは死の虚無感に悩み苦しみ、しかしそれでも前向きに生き、人生の目標を見つけ、現実世界に思い残すことはない、つまり、くいの無い一生を送れたのです。
しかしながら、この場合に該当するのは歴史的にみても1%以下でしょう。何故なら社会的に成功するのは常に僅かだからである。故に私達は社会的に成功する為に、また、くいの無い一生を送るために社会的に成功する為の戦いが始まるのです。醜い争いは人を不幸にします。たとえ勝者でさえ人をなぎ倒してきた罪悪感で不幸になり、くいの無い一生を送ることが不可能な状態に陥ります。
・不幸にならない人もいますが。
・それに該当する人は大抵精神を病んでいます。しかしその賛否について論じるのは心理学的で専門的なので、深追いは止めます。
結論、この場合、一部は虚無感を克服し、その他は克服出来ない状態、もしくは全員克服出来ない状態を生みます。
私は、こういうのは良くないと思います。
・しかし限られた一生をくいの無いものにしたいというのは、人間として押さえきれない衝動だと思います。よい良くないの問題ではないと思います。
・然り、その通り。しかし私はすべての人間を理論上でもいいからくいの無い一生を送れると確信したい。・そう言えば、幸せな家庭を築くことを社会的成功と考えている人は、他者との競争もないし比較的すべての人間が実現可能なのでは?
・然り、それは③に該当するので後に思索する。
・それでは②について、
自らの興味、感心に従って努力し結果的に社会的に成功した人達とは例えばどのような人達だろう?
・アインシュタイン、エジソンなどなど。
・今の人達などは、くいの無い一生を送ったのだろうか?普通、自らの興味関心は尽きることを知らない。自分の研究を満足いくまでやり遂げ、自分の研究に未練のない人なんていない。何故なら彼らは大抵死ぬまで研究を続けているからだ。故に彼らはくいの無い一生を送ってない。
・しかし、彼らは死ぬまで自分の好きなことをしているのだからくいの無い一生を送ったのでは?
・勿論、しかし、今のことを踏まえて言い換えると彼らは、生きている間にあった自らの興味関心の探求活動をぶったぎられたのだよ。それを不幸と言わずしてなんと言おう!
・ここでまたさっきの話しに戻ってしまうのだが、
『・大切に生きても、絶望的に生きても、最後には同じ結末を迎える。そこには懺悔、後悔、充足感、すらない。故に、どんなに考えよ…………………………は、永遠に生き続けられるのであるし、死んだって、自分の存在が完全におじゃんになるのとは、わけが違う。』を改めてみてほしい。故に②に該当する人は人生の虚無感を克服している。勿論、この場合、たとえ社会的に成功しなくても、………………
まてよ、よく考えてみたらくいの無い人生を送れるか、どうかの規定を①…④に分けてそれぞれ考察しても、時間の浪費である。くいの無い一生を歩めるかなんてもっと単純であやういものだからだ。それはどういうことかというと、くいの無い人生とは主観的なもの、つまり自己満足的で普遍性のないものである。例えばある人は年収一億をくいの無い人生とし、ある人は権威ある哲学者になることをくいの無い人生とし、ある人は、一日中食って寝て食って寝てをくいの無い人生とする。そう言ったものである。
・食って寝て食って寝てをくいの無い人生とする人を人生は意味あるものとする根拠に加えて容認していいんですか?
・そこが失敗だった。くいの無い人生を歩んだ人をうっかり素晴らしい人生を歩んだ人と定義し勘違いしていた。だから私はここでまたくいの無い人生を再定義しようと考察する。くいの無い人生とは限られた人生で歴史というビデオテープに自分の素晴らしい(普遍的に素晴らしい)一生を刻み込むことである。何故素晴らしい必要があるのか?何故素晴らしいは普遍的でなければならないのかは、やはり『・大切に生きても、絶望的に生きても、最後には同じ結末を迎える。そこには懺悔、後悔、充足感、すらない。故に、どんなに考えよ…………………………は、永遠に生き続けられるのであるし、死んだって、自分の存在が完全におじゃんになるのとは、わけが違う。』を見直してほしい。問題はくいの無い人生を素晴らしいものでなくては、としたとき、誰が素晴らしいを定義するのかである。神にしたいとこだが前置きにある通り神についてはここでは考えない。そうなると素晴らしいを定義するのは人間になるだろう。しかし定義できる人などいるのだろうか?何を根拠に
定義していくのだろうか?なぜそんなに悩むかというと、人間が掲げる道徳は、なぜなぜを繰り返すと大抵説明不可能に陥るため、及び、人間の価値観を素晴らしいという定義に限り一律化することを前提としなければ、この素晴らしいを私達が私達に対して定義できないからである。
 

荒井由実は永劫回帰を理解しているのか!...

 投稿者:現代思想  投稿日:2012年11月11日(日)22時07分26秒
編集済
  ま..まさか..完全体の私が...
http://yaplog.jp/cv/yoppy0218/img/189/img20061210_1_p.jpg

http://www.youtube.com/watch?v=sU8sC-BCuXc


http://www.youtube.com/watch?v=RJpxcEx8j8A

天才なのか?....この詩は...まるで色即是空、空即是色、永劫回帰のお経のようだ!
!..量子力学も詩の中に盛り込まれている!
 

気の毒だが....

 投稿者:現代思想  投稿日:2012年11月 5日(月)22時06分5秒
  AAAhiroyuki(べジータ)だが....完全体(現代思想)が退治してしまったんだよ!
http://www.youtube.com/watch?v=e9kvC5Drbi4
 

(無題)

 投稿者:現代思想  投稿日:2012年10月30日(火)20時36分39秒
  http://www.youtube.com/watch?v=nc-pqnm1fB4&feature=related  

お前!!はミスターサタンにそっくりだな!!

 投稿者:現代思想  投稿日:2012年10月28日(日)21時35分1秒
  そんなことも分からないのか!同語反復になっているようだが...
生と死の境界がわからなることに気がつくだろう...

恐怖を見せるには仏教では不足なんだが...

アンコールに答えて=http://www.youtube.com/watch?v=e9kvC5Drbi4

 

中観について

 投稿者:高明羅  投稿日:2012年10月25日(木)23時02分47秒
  読めば読むほど無知の知を知るばかり。
無我 と 空 は何かを感じましたが言葉で表現できません。
書物と格闘してみます。
 

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